2009年10月16日 (金)

国債発行せず埋蔵金を発掘せよ!

早速、新政権から国債発行の意向が流れ出してなんだか期待はずれでガッカリですね。

財源としていた埋蔵金はどうしたのでしょうか?

予算の削減や絞り込みを官僚上がりの事務方のやらせては結局こうなることは目に見えていましたが、なかなか官僚の抵抗も厳しいということでしょうか。

大臣が直轄で埋蔵金を発掘するならまずあらゆる公益法人への金の流れを断ち切るところからやる必要があるのではないでしょうか。

一説では天下り先となる魑魅魍魎の棲家である政府系公益法人に年間に12兆円流れているそうです。

ほうらこれって埋蔵金ですよね。今年の税収不足は早速これで解決。国債も発行せずにマニュフェストも実行できそうです。

それでも間に合わなければ国家公務員の賞与をゼロにすればよろしい。民間の特に中小企業は賞与を見送りもしくは支給なしとするところが50%を超えている現状。税収が大幅に減ったシンガポールの公務員はボーナスゼロとした英断を見習うべきです。日本政府が既に破綻状態であることはIMFも認めているところなのです。民間企業であれば赤字決済をした会社で働く社員はどんなに個人個人が悪くなくてもボーナスはゼロなのです。文句があれば転職するか、再起をかけて会社と心中するか、組織を出るも残るも地獄をみるものです。

国家公務員のボーナスをゼロにすると、私がいい加減に試算したところ、おそらく2兆円ほど歳出が削減できます。これって消費税を2%上げるのとほぼ同じ効果があります。

これも高度成長に合わせて公務員賞与を吊り上げてきたお釣りということで、税収不足時には切り崩すべき埋蔵金ですよね。

とにかく、以前の小ブログにも書いたように政府系のノンワーキングリッチから搾取された税金を国民に戻すことが鳩山新政権に期待されている改革なのです。

国債を発行することは、問題を先送りにするだけで、将来子どもたちに借金を負わせることになります。そんな借金で子ども手当てなんかもらったって嬉しくもなんともありません。

霞ヶ関埋蔵金を切り崩すからホドコシが嬉しいわけですし、本当の意味で「政治を国民に戻す」ことになるのです。

財源が国債発行なら自民党でも誰でもできますよ鳩山さん!!

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2009年9月19日 (土)

暫定是率の行方と不動産の買い時

藤井財務相がガソリン税など自動車関連諸税などの暫定税率を2010年度に廃止する事を明言しました。

暫定税率は租税特別措置法で国税を暫定的に特別な税率にすることを一般的にこう呼ぶだけで、実際はいろんな税が絡んでいます。ガソリン税など自動車関連の税もこの一部に過ぎず、相続税や登録免許税なんかも暫定税率がかけられています。

昨年3月末にいったん切れた暫定税率を自民党が復活させたわけですが、昨年5月に住宅の購入手続きをした私としては、自動車関連税より、登録免許税など不動産取得に関する暫定税率がどうなるのか冷や冷やしたものです。

そのときは暫定税率を暫定的に維持するというわけのわからないつなぎ法案のおかげて5月末まで自動車関連税以外の税率は維持されました。特に登録免許税が本来2%のところ、暫定税率のおかげで1%だったわけです。これは地価の登録の移転に伴う登録免許税ですが、例えば1500万円の土地を買う場合は15万円も変わってきます。ガソリン税がたかだかリッター25円下がったくらいでは、この15万円を取り戻すまで1月30リッター(現在でも25リッターくらいしか使っていないのに)のガソリンを使い続けて15年以上もかかる計算になります。とにもかくにも自民党の官僚主導型政治のおかげで?暫定税率のまま、不動産を取得できたわけです。

というわけで自分のなかで整理するためにも、今回の暫定税率廃止と不動産取得に関してまとめてみようと思い書いてみました。今後、不動産を購入しようとする人は参考に・・・なるかな?

とりあえず、2008年3月末のときみたいに、ガソリン税の減税に隠れて不動産関連税が増税されるのかどうかいろいろググッてみたのですが、どうやら藤井財務相が2010年に廃止するのは自動車関連税だけのようで、登録免許税は関係ないようです。

というのは民主党のマニュフェストに

「目的を失った自動車関連諸税の暫定税率は廃止する~(中略)~【具体策】ガソリン税、軽油引取税、自動車重量税、自動車取得税の暫定税率は廃止して、2.5兆円の減税を実施する。」

と書いていたので、どう考えても自動車関連税の減税だけというわけです。そうすると増税しないで、減税だけってわけですね。

財源がどうだとかいろいろ議論はありますが、とにかく、自動車関連税をやめて一般財源のなかで道路事業も運営していこうという考えにはいたく賛成です。これで道路特定財源にぶら下がった自民党系の建設ゼネコンやら官僚の天下りやらに垂れ流す税金の流れを一度断ち切ることができるのでしょう。必要な税金は一般財源の別のルートから補填すればいいだけです。

昨年7月ごろに、道路特定財源を断たれ、発注したくても予算が付かず仕事がなかなか片付かない国土交通省の一職員からこんな愚痴を聞いたことがあります。

「道路特定財源なんてどうでもいい。一般財源でもなんでもいいから予算をつけてほしい」

つまりこれが核心をついていると思いますが、末端の行政職員には財源はどうだっていいわけです。しかし、予算を執行できなければ仕事を遂行できない。これは現場の職員には切実な問題です。そして職員が職務を遂行できないということは、国民に対して行政サービスができていないということで、つまり税金が正しく国民に還元されていないということです。

行政の多くは必要な税金で運営されているわけですが、民主党の方針では(だけではなく大阪府の橋下知事の予算執行もそうでしたが)とにかく一律で税金の投入を削減し、そこからさらに不必要な仕事を削っていくという方法です。これって逆にとらえると今までまじめに必要な分だけコツコツ予算を執行してきた部署がバカを見るだけです。どうせそうなるならもっとジャブジャブ税金つかっときゃ良かったということになるような気がします。少なくとも私のように人間が小さければそう思います。

ん?でももしかしたらそんな真面目な部署は皆無なのでしょうか?そういえば先日、森田知事が明らかにしたことですが、千葉県の全401部署のうち383部署の約96%で不正経理が発覚したという記事を見かけましたが、これじゃほとんど皆無ってことになりすね。公務員ってそんなもんなんでしょうか。まったく頭にくる話です。

さて、随分話題がそれましたが、暫定税率です。不動産の新規取得に大いに関わってくる登録免許税ですが、国税局のHPでは「所有権の移転の登記」のうち「その他の原因による移転の登記」の課税対象となる「不動産の価額」には次のようなことが書かれています。

1,000分の20

ただし、次の期間に受ける土地の売買による所有権の移転の登記については次のとおり。

平成18年4月1日から平成23年3月31日まで
1,000分の10
平成23年4月1日から平成24年3月31日まで
1,000分の13
平成24年4月1日から平成25年3月31日まで
1,000分の15

ということは平成26年度までに登録免許税の暫定税率も段階的に廃止されるという理解でいいのだと思います。

つまり現在の暫定税率の1%は平成22年度末まで継続して23年度は1.2%、24年度は1.5%、そして25年度以降は「暫定」は消えて本来の2%の税率に戻るということです。

こう考えると不動産、とくに土地の取得に関してはできるだけ早いほうが良さそうです。平成23年には国債の大量償還の期限を向かえ、銀行金利が上昇することも考えられます。また平成24年にはロンドンオリンピックがあり、日本がどうかはわかりませんがオリンピックイヤーには世界経済がだいぶ回復してくるはずです。景気が良くなることは歓迎ですが、構造的不況に陥る日本が世界経済と同じくして景気が回復するか疑問な上に、金利や輸入材の価格上昇が考えられ、さらに円高が追い討ちをかけると不動産の価格上昇が避けられないように思います。

昨年の北京オリンピック直前の時期に家探しをしていると、金利の上昇だけでなく、鉄鋼原料や輸入建材の価格高騰もあいまって、今後どんどん不動産は買いにくくなるという噂が流れていました。しかし、その後リーマンショックに始まる世界的金融危機のために金利は急降下、経済は冷え込み、価格高だけ残った不動産在庫があふれ、ついにアウトレット不動産といわれるような現象まで起こり、不動産価格は下落しました。

なので、一概に今後不動産が取得しにくくなるかどうかはわかりません。もしかしたら民主党政権が不動産取得に関してもなんらかの優遇措置を講じることも考えられます。そうなってくると暫定税率だけの要素では不動産取得の是非は考えられません。

私が不動産を購入した経験から言えば、不動産は自分が買いたいときが一番の買いの時期だということです。気に入った物件があるのならなおさらのことです。さらに過去を見て「あのとき買っておけばよかった」と言って今買わないのは意味のない行動です。また将来を見て「もっと待った方が得だ」と思って気に入っていた物件を買わないのも要注意です。以前お金は箪笥に預けるなで紹介した本で、ワークライフバランスのためにマンションは買ってはいけないというようなわけのわからないことを読んだことがありますが、不動産を資産として運用する人にとってはそうでしょうが、庶民にとってはマンションは住むために買うので、気にいった物件なら買うべきです。要は将来金利がどうなるとか、世界経済がどうなるとか、不動産価格がどうなるとか、結局そんなことは今回の金融危機でそうであったように、経済の専門家でも、アラン・グリーンスパンでもわからないことなので、一庶民が周囲の少数の意見に振り回されて、世界にひとつしかない「不動産」を手に入れられないことの方がよほど不幸だと私は思います。

逆に周囲の意見やWebの書き込みを信じて「不動産は今が買いだ」と踊らされて必要かどうかわからない不動産を買いに走ることも不幸を招くことになるでしょう。

不動産価格で近い将来を予測できるのは、はっきり言って税率ぐらいしかないのではないかと思います。それでも今回の政権交代で近い将来でさえ税率がどうなるかわからなくなってきました。

なんだか自分の頭を整理するために書いていたのですが、余計わけがわからなくなってしまっただけですね。なので、暫定税率も含め、一庶民には将来の予測はできないので「不動産は自分が買いたいときが買い時だ」ということだけは言えそうです。

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2009年9月 9日 (水)

仮想水 仮想耕地 仮想資源 「水戦争は起きない!!」

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水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まった (柴田明夫著)

2007年に発売された本なのでもう随分情報は古くなっていると思いますが、内容は非常にわかりやすく、食糧問題のひとつの側面を鋭く切り取った良本のひとつだと思います。

水戦争の「水」とは仮想水のことをさします。

仮想水

仮想水(かそうすい、virtual water)とは、農産物・畜産物の生産に要した水の量を、農産物・畜産物の輸出入に伴って売買されていると捉えたものである(工業製品についても論じられるが、少量である)。ヴァーチャル・ウォーターともいう。

仮想水は、乾燥地帯に位置する中東の産油国諸国で水利権を巡る紛争が起きない理由に関する考察から提唱された。これは、石油の輸出で得られる外貨で食料を輸入することで、その生産に投入された水をも間接的に購入したものと解釈できるからである。水自体の輸送は多大なコストを要するため現実的ではないものの、その最終産物を輸入することで同様なことが現実的なコストで実現できているという効果である。この理論を打ち出したのがロンドン大学のアンソニー・アラン(Anthony Allan)である。      -Wikipedia-

最近この本を読んでふと思ったことです。

仮想水という言葉も、その概念もなんとなく知っていましたが、よくよく理解してみると、それなら我々が日々輸入して食している食べ物を作るため、どれだけの水が使われているのだろうか、と同時に、どれだけの耕地面積が必要であり、どれだけの燃料や肥料などの資源が使われているのだろうかと思ったわけです。

もちろん水という要素は食物を生産する上で非常に重要です。しかし、同時にそれを耕作する土地と、耕作機械を動かす燃料や化学肥料は必ず必要になります。つまり、土地と資源も水と同じく自国で使用したと同じだけの仮想をしなくしてはいけないはずです。ちなみに食物の輸送に必要な燃料についてはフード・マイレージという別の指標が出てくるので今回は省きます。

それらを私は「仮想耕地」「仮想資源」と呼びたいと思います。これらで検索してもこのような言葉が存在しないことが信じられないことなのですが、非常に重要な考え方だと思います。

しかしそんな重要な考え方を、仮想水を発見したロンドン大学のアンソニー・アラン氏も気づかなかったのでしょうか?というより、ここが重要なのですが、私のような小市民の地図屋が思いつく程度の単純な問題が、世の中で取り上げられないことに「水戦争」の欺瞞があると思います。つまりこういうことです。

「仮想耕地」としての土地は国境を越えて売買できない固定資産であること。「仮想資源」である化石燃料や化学肥料である燐鉱などは既に先物市場で取引されているということ。ということは現在、取引対象でなく、しかも国境を越えて取引可能である「仮想水」に値段をつけることによってひと儲けしようする輩らがいるということです。

わたしはこれには値段のない「カーボン」という名のCO2排出権に値段をつけた連中と同じにおいがしてなりません。

化石燃料、希金属の次にくる投資合戦が「水」だというようなことを時々聞くようになりましたが、これにのせられてはいけないのです。

いくら希少であっても、限られた資源であっても値段のついていない「仮想水」を取引対象にすべきではありません。作物を売買するのは、当たり前のことで、水だけ特別扱いするべきではないのです。人類が発展しようがしまいが排出され、縮小するCO2の量を取引対象にした愚行を繰り返すように、取引しなくてよい、目に見えない「仮想水」を取引することは市場経済を拡大させるかもしれませんが、その富はますます一部の人に偏ることになるだけで、なにも知らない庶民はますます搾取されていくことになります。

逆に「仮想水」を売買するのであれば「仮想耕地」も「仮想資源」も「仮想人件費」も「仮想日照時間」も「仮想空気」も売買してしかるべきです。しかしそう考えていくと「あれ?それって、もともと商品の代金に含まれているんじゃないの?」って思うわけです。もしくは「そんな代金までとるの?」になるでしょう。

つまり元々いらないお金を二重取りしようという構造に気づくはずです。自治体の有料ゴミ袋と同じです。税金払っているのに、今までいらなかったのに、いつのまにか二重料金をとられているという巧みな搾取スパイラルに陥ってしまいます。

「仮想水」今後の動向にゆめゆめ注意していきましょう。

そして私はだまされること無く、搾取されないように「水戦争は起きない」と声高に主張していこうと思います。

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2009年9月 1日 (火)

ノンワーキング・リッチ改革   -新政権への期待と不安-

ついに民主党の政権となりました。
おそらくこれから公務員への締め付けは厳しくなり、公約以外の行政サービスが著しく低下するものと思われます。
例えば、私のなりわいとする地図調製の仕事など広報業務に関する分野には予算が回ってこないだろうと予測されます。地図屋としてもいつまでも公共事業にぶら下がっていては生きていけません。

ところで民主党のいう「税金のムダ使い」が何を指しているのか今もって具体的にわかりません。私が思う税金のムダ使いのほとんどは公務員の人件費だと思ってます。何故なら、どんな無駄遣いであっても税金を使うことはその効果は別として、これは行政サービスなのです。無駄と思われる道路も一度走れば、あるいはその道を通ってきた品物を買えば、税金は行政サービスとして還元されているわけです。しかし、公務員の人件費はそうではありません。人件費は直接公務員の懐に入るわけですから、ここを払いすぎると即時に税金が損なわれたことになり、つまり本当の意味の無駄遣いとなります。そこにメスを入れない限り本当の公務員改革にならないと思います。
具体的には「ノンワーキング・リッチ」と呼ばれる人達で、ろくに働きもしない人間に年収1000万を超えるほどの高給を与えなければいけない現象またはその人のことをこう呼びます。
これは「ワーキング・プア」より根が深く、また社会的に悪性の強い問題です。
特に悪性が強いのは、公務員や準公務員の中にこような人がいる場合です。現在のように税収が減り、予算が限られてくると、ノンワーキングリッチは組織の限られた資源を食い尽くし、まともに働く働き手の意欲までもを奪います。
またノンワーキングリッチという地位に人材を囲われており、優秀な人材も充分な地位と給料が与えられず、人材の流動性が損なわれ、結果組織全体の力を減退させることになります。

民間の場合にももちろんノンワーキングリッチは存在します。彼らはもしもの場合の重大な責任を担い、また組織における重要な意志決定を行うことで、リッチたる組織内の影響力をもっています。しかし民間なので、リッチに見合う働きがなければ株主総会によってその地位は剥奪されますし、何より民間の場合は自分たちで稼いだ金なので、誰にいくら払おうが自由だし、また株主にとっては自分たちの出資した金なのであまり横暴なことはまかり通りません。

民間のノンワーキングリッチを最大化させているのが、派遣労働者だということがよく言われます。民主党は製造業への派遣労働の禁止を公約のひとつとしていますが、果たしてこれでノンワーキングリッチを改革できるかというそうではなく、ワーキングプアを解消できるかといえば、やはりそうではないです。労働市場は既にグローバル化しており、大手製造業は既に海外の製造拠点をもっており、日本の産業がますます空洞化し、日本の労働市場がますます狭小化脆弱化していく一方だと思います。そもそもこの改革では、一番問題の中心である公務員のノンワーキングリッチを排除できません。

公務員や準公務員のもらう給料は、もちろん国民が税という形で信託した国民のお金です。しかし、それを内規や法律で合理的に都合よくすることで大して仕事も責任も影響力もない職員に高額な報酬を与える制度をまことしやかに作ってしまったわけです。
現在この制度は高給を貰えるほんの一握りの公務員には都合のいい制度ですが、それ以外の公務員や日本全体から見ると悪性腫瘍のようにひどく悪い状態です。時には「天下り」や「わたり」という形で世の中の明るみになりますが、それはほんの一部で、すべての省庁・地方公共団体に「公益法人」というかたちでぶら下がって税金をがぶ飲みする準公務員のノンワーキングリッチの数を思うとぞっとします。彼らには日本の財政の健全化のためサッサと退いてもらわねばなりません。

大阪府の橋下知事もこの改革に随分苦労されているようです。しかし大阪が良い例ですが、ノンワーキングをなんとかしない限り、大阪府もろとも財政債権団体となり果てることになるのですから、国の改革もここにメスを入れない限りは小手先だけということになります。先日、総選挙後の会見で橋下知事が「財政再建とはこういうことだと教えてあげたい」というようなことを言っていましたが、多くの府職員の反感を買いつつ、職員の給与や賞与もカットしながら、府財政を黒字化までもっていったことは、大阪府民として私は評価しますし、府の職員も文句を言うより知事に感謝するべきだと思います。

また議員制度の改革も公約に入っていたと思いますが、一番人件費のかかる高給取りは議員そのものであることを忘れてはなりません。

私は個人的に議員の数を減らすことはあまり感心しません。数を減らすと民意の反映が損なわれるので、数を減らすより給料を減らすことが一番だと考えます。一番良い例が福島県矢祭町の例で、議員給与を日当制にするのです。そうすれば先日の総選挙で当選し、8/31から国会議員になった議員給料を、1日も働いてないノンワーキングのくせに8月分から全額支給するような税金の無駄使いはなくなるはずですし、これまでの野党の常套手段のように重要審議に欠席して議論しないという議員に対しても、出席しないなら給料あげないということができるわけです。

国会議員のことをノンワーキングだとは言いませんが、少なくとも国会に出ない議員には議員報酬はいらないでしょう。国会議員は会期以外でも活動をしないといけないことはよくよく知っていますが、それをいうなら議員は議会以外でもいろんな手当てや報酬や特権がありますよね。それもホントに必要なのかどうか精査が必要でしょう。

とにかく税金の一番の無駄使いであり、聖域として踏み込みにくい分野でもあり、既得権者や組合が最も強烈に反発するであろう公人の人件費に何がなんでも改革のメスを入れて欲しいものです。

民間企業、とくに中小企業は自分たちの給料を削りながら税金を納めているという現実があります。今夏、大阪の中小企業はボーナス支給なしが40%を超えているのです。そんな中でボーナスを満額もらえる公務員がいる事に、街では怒りがあふれているわけです。

これが今回の総選挙の民主党大勝の引き金になっていることは否めないでしょう。

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↑ボーナス支給企業の割合(出典:大阪市信用金庫)

とにもかくにも私は新政権を歓迎します。

行政サービスが悪くなってもこれは改革なんだと、今度こそはみんなで痛みを分ち合う気持ちでいようと思います。だから本当の意味での改革を期待していますし、埋蔵金の原資の一部にこのノンワーキングリッチの人件費が含まれていることを心から期待します。

清く正しく働く者が働いた分だけの報酬を得られる社会になることが人類史上普遍の願いであるはずです。

私も切にそう願います。

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2009年8月24日 (月)

2年後にテレビは終焉すればいい

前回までのいくつかの小ブログ

3年後にテレビは終焉するのではないか?

2年後にテレビは終焉するのではないか?(1)

2年後にテレビは終焉するのではないか?(2)

に関してのつぶやきです。

2011年7月24日にアナログテレビ放送は終焉を迎えます。まだ5000万台以上のアナログテレビを残して、国の施策でアナログ放送が停止されます。受信側のデジタル機器への移行は国民一人ひとりの負担になり、地デジ対応のテレビやチューナーが買えない人やUHFが受信できるアンテナに替えられない人たちは一方的にテレビのある生活から弾き出されることになります。

しかし、経済的にテレビを買い替えることができる人も、その費用対効果から現在のテレビを見る価値がないと思えば、私のようにテレビのある生活をやめてしまおうと思っていることでしょう。

逆にテレビを見ることをやめてしまう費用対効果は結構魅力的です。
まず
1)NHKの契約料を払わなくてよくなる
2)テレビそのものにかかる電気代がなくなる
3)テレビそのものやテレビ周辺機器、テレビ台などがなくなり部屋が広く使える。

引き替え、出費のデメリットも考えなくてはなりませんので、リサイクル料を含めたテレビの廃棄処分台を考慮しなくてはいけません。地デジ対応の新しいテレビを買う場合、古いテレビを下取りしてくれるケースがありますので、これはテレビだけを捨てる場合には最大のデメリットになります。

しかし、私の場合ですが、実はテレビの廃棄にリサイクル料が発生しません。

というのは、私は地デジ対応でない薄型液晶テレビを所有しているので、薄型テレビは自治体に粗大ゴミとしてだせることになってます。つまり私のケースはかなり特殊だと思いますが、テレビを捨てるデメリットがほとんどない状態なのです。

私はそもそも、3番目のメリットのところで挙げたように、テレビが生活空間である居間のかなりの部分をデーンっと占領することが昔から許せなかったので、シャープが最初のアクオスを発売したとたん、その手軽さ、持ち運びやすさ、壁でも床でもどこでも置ける自由度に魅了され、高級な初代アクオスに飛びついたわけです。

当時相当高かった液晶テレビは、恥ずかしながらこれが私の地図屋としての初月給をはたいて買ったという思い入れの品になってしまいました。当時は地デジの話など聞いたこともなく、電気屋で話を聞いたかぎりでは「液晶テレビの寿命はブラウン管よりはるかに長いから、お客さん!これは一生ものだよ!」と言われ、高いけどよほど良い買い物をしたと思ったものでした。しかし、それを買って10年もしないうちに、まさか電波の方からなくなるなんて思ってもみないことです。

「どこが一生ものやねん!」

いやその電気屋さんは悪くありません。悪いのはすべて電波利権にからむ輩らです。私はその被害者です。私がここまでかたくなに地デジを批判する根底はこんなところにあるのです。
だからもう二度と薄型テレビは買いません。テレビのある生活も要りません。
よく似た話で、昔ラウンドワンというボウリング場にいったら「会員になったらいつでも会員料金で遊べますよ」と店員に言われ、いくらか忘れましたが入会金を払ってその日は会員料金で遊びました。次にまた同じ店に行ったら今度は「会員証が電子化したのでその会員証は使えません。電子化された会員証を作るにはもう一度入会金をお支払いください」と言われました。私はそれ以来二度とラウンドワンには行かなくなりました。
私はそういうちっぽけな人間ですが、一応筋は通してるつもりです。
そんなわけで、地デジはテレビ側からの完全な裏切り行為なので、我が家の初代アクオスで見れないものはもう見ません。
しかし捨てるのももったいない。初代アクオスは世界グッドデザイン賞にも輝いた美しい骨董品なのです。テレビを映さなくてもDVD上映モニターとして活躍してもらうつもりです。

さて、そんなぼやきをしたくなったのも佐々木俊尚氏がまた衝撃的な本を出版されたのに関連します。

2011

2011年新聞・テレビ消滅 (文春新書)佐々木俊尚著

私も2011年という時間軸に同意します(新聞・テレビ消滅についての同意はそれ以前に自明)。

それが単に地上アナログの停止というだけではないことに、これらメディアの構造的欠陥があるということです。

2011年はいろいろ国家的な心配事が多い年です。まず世間でよく言われるのが国債の大量償還の問題。2008年に起こるはずの問題が先送りされ2011年に期限を迎えます。2011年には今よりおそらく景気は落ち着き気味になる傍ら、金利が異常に上昇し、住宅や自動車などの長期ローンが必要な買い物は軒並み不況へ転落する可能性があります。そうすればテレビCMではお得意様の不動産系・製造系企業の広報費がさらに削減され、マスメディアへの広告はついに息の根を止められることになるでしょう。

とりあえずもうテレビだけがメディアでないのですから、電波がどうとかいうより、アメリカのスマートグリッドのような先進的かつ国家的戦略をたてた方が、未来に夢がありますね。

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2009年7月22日 (水)

日食時に測量はするな

日食時には一時的にGPSの精度が低下することが懸念されるという報道を見ました。

皆既日食:GPS「異変」…紫外線が急減 電波に影響 

46年ぶりに国内でみられる22日の皆既日食の際、カーナビなどに使われるGPS(全地球測位システム)の精度が下がる恐れがあることが、情報通信研究機構(東京都小金井市)の分析で分かった。太陽からの紫外線が急減して日本上空の大気に異変が起きることが原因だが、精度低下による位置のずれは2~3メートル以下で、日常生活に支障が出るほどではないという。 (毎日jp)

情報の出所は「独立行政法人情報通信研究機構(NICT)」というところらしいです。

簡単に説明すれば、太陽光線が月によって遮断される影響で、地球の電離層の電子数が減少することでGPS用電波が弱まることに起因するようです。
電子数の減少は日食の開始とともに起こり、日食後2時間くらいで回復するようです。

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↑独立行政法人情報通信研究機構(NICT)による2009.7.22電離圏変動予測シミュレーション

報道ではカーナビのGPS端末では誤差が2〜3m程度なので、日常生活には影響ないでしょう、としか書いてありませんでしたが、GPS測量での通常の誤差が数ミリ程度なので、これの100倍の誤差があるとしたら、測量業ではこれは致命的な誤差です。現在の測量器材はそのほとんどがGPSを利用した機器なので、国土地理院のように公共測量に責任のある行政機関は測量業者に対してもっと注意勧告するべきだったと思います。

現に今日の10時半頃、日食が始まり薄暗くなりはじめていたまさにその時、私は大阪郊外を路線バスで移動しているところでしたが、その車窓から測量をしている人たちを見かけました。バスはその測量機とスタッフの間を割って通り過ぎましたが、あれらの器材がGPS端末でなかったことを願います。
しかし4〜50年に一度の、それもたった数時間くらい測量作業を休むことはできなかったのでしょうか?数日ぶりに雨があがったので作業に出たい気持ちはわかりますが、納期が厳しかったのでしょうか?今回のGPS精度に関する報道はおそらく今日出会った測量作業者たちには届いていなかったことでしょう。

いずれにせよ測量業界には厳しい世の中です。街中で測量作業をする人たちを見ると私はいつも心の中で小さなエールを送っているのですが、今日ばかりは、測量者ももっと情報に敏感になるべきだとの戒めも感じた次第でした。

それにしても今日の日食はどこも曇り空で残念でしたね。

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2009年7月18日 (土)

2年後にテレビは終焉するのではないか?(2)

さて昨日の小ブログの続きです。

総務省の「地上デジタルテレビ放送のご案内」に突っ込みを入れて、如何に地上デジタルテレビ放送が庶民にとって費用対効果がないのかおもしろおかしく見ていきたいと思います。

「ゴーストがなくなります!」

画質の良さより番組の質の良さを求めます。ゴーストなくすためだけにチューナーを買うのですか!?

 

「デジタルハイビジョンが楽しめます!」

あれ?ハイビジョンってアナログでもなかったっけ?これも画質を求めてなかったら何のメリットも感じません。

 

1チャンネルを分割して2~3番組の同時放送も可能です!
・・・例えばスポーツ中継の延長時などに、メインチャンネルで時間通りドラマを放送しながら、サブチャンネルでスポーツ中継を引き続き楽しむことができます。」

個人的にはそこまでスポーツ中継もみないし、ドラマもレギュラーで見ているものはありません。そういうのが見たい人は既にスカパーやWOWOWに加入してるんじゃないでしょうか?そういうのに加入している人や私のような人には費用対効果はありませんね。

 

字幕放送が楽しめます!

・・・地上アナログテレビ放送の場合は、特別なアダプターが必要でしたが、デジタルテレビ放送では、受信機の標準機能として字幕放送を楽しむことができます。・・・」

→地上アナログテレビ放送の場合は、特別なアダプターが必要でしたが、デジタルテレビ放送では、特別なチューナーが必要です。に訂正しましょう。つまり結局費用負担は必要です。なにもメリットなし。むしろ今までその特別なアダプターを必要としていた人には二重の費用負担ですね。

 

「いつでも、ニュースや天気予報などの情報が見られます!」

はい。インターネットでは既にその通りです。というか既にニュースや天気予報はテレビでは見なくなってますけど。

 

「クイズやアンケートなど番組への参加が可能になります!」

昨日のブログでさんざん突っ込みました。

 

「電子番組表(EPG)で、当日から1週間先までの番組情報が見られます。」

既にインターネットで利用しています。最近は番組表を見ても見たいテレビ番組がなくて・・・。

 

「5.1chサラウンド」

これも音の質より番組の質の問題です。お笑い番組を5.1chで見るとより面白いのでしょうか?確かに名人芸のオール阪神巨人のボケツッコミは四方八方から5.1ch並みですね。

 

携帯などで地上デジタルテレビ放送が見られます!

・・・特に緊急災害時には、電話が混み合ってつながらない状況でも、避難経路や安否情報などを受信できるため、重要な情報端末となります。」

そうか!確かに緊急時に屋外でテレビが見られるのありがたいです。う~ん、唯一のメリットかも。・・・あれ?じゃあテレビ買わなくても携帯買えばいいのか?

 

多様なサービスを実現
現代の生活のなかで最も身近な「テレビ」もテレビのデジタル化によって、今までにない多様なサービスを実現します。」

なぜインターネットがあるのにそこまでテレビにこだわるのかわかりません。既に若者の間でテレビが「最も身近な」存在であるのかさえも疑問です。私の最も身近な通信は「iモード」でしょうか。多分、今の若者はテレビ見る時間よりも携帯画面を見ている時間の方が長いと思います。

 

「電波の有効利用
電波は、もう、目いっぱい使われています。
デジタル化すればチャンネルに余裕ができます。」

総務省のウソツキ!これ、「電波利権」で読みましたよ。ものすごい低効率で電波帯域を浪費しているって。池田信夫先生のブログに「電波が日本一混んでいる渋谷でさえ90%が空いていた」と一目瞭然の表をつけて書いてありました。

 

「世界の潮流」

これも最近池田信夫blogで読みました。「地デジ(ISDB-T)も、日本以外ではブラジルとチリだけで使われる「南米規格」である。」だそうです。どうやら世界の潮流からは弾かれたようです。南米ではNHKが強いからいいのかな?どちらにせよ庶民のテレビの買い替えとは関係ない話ですね。

 

情報の基盤地上
デジタルテレビ放送対応テレビをネットに接続し、より多くの情報を得ることができます。テレビをデジタル化することで、誰もが情報通信技術の恩恵を受けられるような社会にすることは国の重要な未来戦略であり遅らせることのできない施策です 」

最後にちょっとだけ国の本音が垣間見られる文章です。「遅らせることのできない施策」はメンツの問題でしょうか?「国の重要な戦略」なのにテレビだけ優遇するのはどうしてでしょう?既に携帯電話形式のガラパゴス化は国の重要な戦略としては失敗しているように思うのですが、テレビも同じ轍ではないのですか?と突っ込みたくなります。「誰もが情報通信技術の恩恵を受けられるような社会にする」手段としての地デジなら庶民の費用負担は納得できません。だって費用負担しなかったら地デジが見れなくなって恩恵が受けられなくなるのですから「誰もが」では既にないですね。こういうのを論理的破綻というのではないでしょうか。

とにかく総務省の説明では庶民の費用負担に対する費用対効果が何一つ示されていません。とにかく地デジになるから買い替えなさいということだそうです。買い換えたくない人はテレビを捨てて、ついにテレビ時代に終焉を迎えることになりますね。

少なくとも私の家庭では2年後にはテレビを見なくなります。テレビ番組は劣化しているし、NHK代も節約したいし、パソコンも古くなってきたのでWindows7の定着する来年あたりに買替えたいし、テレビごとなくしてすっきりさせたいし、アナログ放送の停止はテレビを捨てるちょうどいい機会です。むしろテレビの存在しない生活という新時代に少しワクワクしています。

そう思うと2年後のテレビ時代の終焉は、新しい時代の始まりでもありますね。

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2009年7月17日 (金)

2年後にテレビは終焉するのではないか?(1)

ちょうど1年前の小ブログに
3年後にテレビは終焉するのではないか?
と書きましたが、我が家の受像設備はまったく変わっておらず、相変わらず地上デジタル放送を受像することはできません。

私も地デジカよりアナロ熊を応援する一人です。

しかし、それにしても総務省は地デジ化の広報用DMを全戸配布したにも関わらず、そこには地デジ化することで我々がどのような恩恵を受けるのかまったく説明されていないことに怒りを通り越してあきれるばかりです。

庶民が地デジ対応テレビにウン万円かけて買い換える費用対効果がまったくもって不明なところが、庶民を地デジ移行に向かわせない要因のひとつであることに違いありません。UHF帯やVHF帯を空けると我々にどのような利益があるのか?地デジ放送そのものが我々の生活向上につながるのか?まったくもって語られません。いや語っているつもりでしょうが心に響きません。

デジタル放送のメリットなのかどうか、特徴のひとつとしては双方向番組による視聴者参加型のテレビ番組があります。

現在でもデジタルとアナログが同時に放送されるサイマル放送で、デジタル受信の人たちだけが参加できるクイズの回答や投票などが行われているのが私のアナログテレビでも見えます。しかし双方向に参加できなくて残念なのかというと、別にクイズに答えたくもないし、わざわざ番組の投票に参加したくもないので、というか正直めんどうくさいので、我が家のテレビがデジタルでなくて良かったと思うことがよくあります。

つまり「双方向サービスってこの程度なの?」って思うわけです。こんな双方向ではちっとも番組に参加している気分にもなりませんし、その番組がおもしろくなるわけではありません。一昔前の視聴者からの手紙で番組を作っていた萩本欽一のお笑い番組とあまり変わりないように思うのは私だけでしょうか。むしろその頃のテレビ番組の方が明らかに面白く、見ごたえがありました。結局は双方向が番組を面白くするわけではなく、面白い番組を作る制作会社やテレビ局の質の問題だということです。今現在行っている双方向番組は地デジでも葉書でもFAXでもEメールでも意見を返すスピードが違うだけで同じレベルの双方向番組で、決して次世代型ではなく、むしろ旧態依然型です。

個人的には関東地域で聞くことができるFM79.5MHz(通称ナックファイブ)の超人気番組「ファンキーフライデー」がもっともスピード感があり、参加型が実感できる、最優良双方向型番組だと思っています。そう、なんと前時代の放送方式とも思われるラジオ番組が双方向として最も面白いわけです。ますますテレビが必要なくなってきましたね。しかし、関西在住の私にはナックファイブを聞くことができないのが非常に残念です。地デジはどうでもいいので、FM電波帯域が全国区になればいいのに・・・と自分の都合のいいように考えてしまうのが人の性でしょうか。

さて、そんな双方向もデジタル放送を受信したからといって体験できるわけではないそうです。現在のアナログテレビに地デジチューナーを付けるだけは地デジは見れますが、双方向には参加できなということです。チューナーの中には双方向が利用できるものもあるそうですが基本的に、視聴者側のテレビからテレビ局に電波を飛ばすわけではないので、ケーブルTVやインターネット回線、電話回線など、なんらかのオンライン状態でないと双方向サービスは享受できません。でもそこまでするならインターネットでいいやと思いませんか。わざわざテレビを回線につなぐなら、地デジではなくインターネットTVにして、すべてのテレビ放映を全国区にしてしまえば話は早いのにと素人の庶民でもそう思います。技術的にはとっくに可能なインターネットTVを導入しないのは、全国区放送にすると各キー局傘下の地方局の存在意義がなくなり、巨大な放送コングロマリット(という言い方が正しいかどうかわかりませんが)が見事に崩壊することになるのでしょう。となると既に放送業界は崖っぷちなのかもしれません。その崖っぷちの崖の上に堅牢に立つための強力な土台が、電波利権というわけなのでしょう。これらすべて一庶民の素人考えですが、大きくは外れてないと思います。

そんなことを考えながら総務省の「地上デジタルテレビ放送のご案内」を読んでると突っ込みどころが満載なので、次回以降におもしろおかしく大阪人らしく突っ込んで行くことにしましょう。

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2009年7月 6日 (月)

天使と悪魔と鳩

またまた映画が見にいけない反動で原作本をインターネット通販で取り寄せて読んでしまいました。

天使と悪魔(上)(下)ダン・ブラウン著

余談ですが最近は本当に書店に本を買いに行かなくなってしまいました。ネット通販だとアマゾンでも楽天でもポイントが使えるので新刊を買うときなんかはリアル書店よりよほどお得に買えてしまいます。町の書店が消えていく時代ですが、大型書店さえもそのうち消えていく可能性があります。大型書店の老舗「丸善」を買収した大日本印刷はそれでも勝算があるのでしょう。

さて話題に戻りますが、ダン・ブラウンの衝撃的ベストセラー「ダビンチ・コード」に次ぐ第二弾。と言っても映画が第二弾というだけでダン・ブラウンの作品としてはこちらが第一弾なのですが・・・。

映画に関してはまだ観ていませんが、おそらくこの作品も先に原作本を読まないと映画だけでは、わけがわからないと思います。「ダビンチ・コード」でも「フィボナッチ数列」や「アナグラム」などの用語が何の説明もなまま映画が進むので、先に原作本を読んでいて正解だったとつくづく思ったものでした。まあ、今回は映画を見るのはDVDがレンタル開始になって以降のことだと思いますが・・・。

とは言っても映画を見た友人の話では「原作を読まなくても面白かった」ということなのでますます映像で見てみたい作品です

さて、ベストセラーの大人気作品なので内容には触れませんが、作品中重要な役割を果たした「鳩」ですが、ここでいう鳩は鳩山由紀夫はじめ世間を騒がしている政治一家の鳩山家の話です。というのもダン・ブラウンから鳩山家にたどり着いたというわけです。どういうわけかというと、ダビンチ・コードでも当作品でもさかんに出てくる「フリーメイソン」という組織が気になってネットで色々調べてみました。下記のウィキペディア以外にも検索すればいっぱいでてきますが、

フリーメイソンとは

フリーメイソン(英:Freemason)とは、会員同士の親睦を目的とした友愛団体。イギリスで発生し世界中に派生した男性の入社的秘密結社(「非公開団体」といっている)である。「フリーメイソン」は厳密には各個人会員の事を指しており、団体名としては英:Freemasonry(フリーメイソンリー)、仏:Franc-maçonnerie(フランマソヌリ)、独:Freimaurerei(フライマウレライ)である。以下、英語的な発音である「フリーメイソンリー」と記載する。なお本項目は「フリーメイソン」と記述しているが、日本グランド・ロッジの記述は「フリーメイスン」となっている。(Wikipedia)

つまりは国際的な秘密結社のこと。中世イギリスの石工職人の同業者組合のようなものが起源のようで、ドイツのギルドではなく都市や国家を超えて活躍する石工職人の互助共済のために存在したようです。それが転じて現在では比較的社会的地位の高い職業の人々が国際的に助け合える友愛組織となっているようです。日本ではなじみは少なく「秘密結社」と聞くとあまり良い印象ではありませんが、社会貢献的な要素の強い活動をしているようで、その歴史も深く、会員数も多国籍にわたることからそれほど怪しい組織ではなさそうです。初代アメリカ大統領のワシントンやルーズベルト、スウィフトやモーツァルトなど、歴史上有名な政治家や芸術家が会員だったそうです。

さてそのフリーメイソンですが、どうやら鳩山家が輩出したかつての首相、鳩山一郎が会員だったことは明白のようです。その孫にあたる由紀夫・邦夫がフリーメイソンかどうかは本人がなんとも発言していないので、会員だと決め付けるわけにはいきませんが、鳩山邦夫のかつての「アルカイダの友達の友達」発言や、鳩山由紀夫が党首になったときの「友愛政策」という突飛な発言は、彼らがフリーメイソンだと思えばすんなり納得できる発言です。

フリーメイソンの会員同士の友愛(助け合い)はどの程度のものなのか、会員でないとわからないですが、鳩山一郎の最大の功績である「日ソ共同宣言」にもその影響があったのでしょうか?

このまま民主党が政権をとることになると、おそらく鳩山一郎の孫の由紀夫が首相になることは間違いないでしょう。彼のいう友愛政策とは何を意味するのか、それは実際に首相にでもなって、国際的に活躍できる場がないことにはその本領は発揮できないのではないでしょうか?もしかすると「日ソ共同宣言」で置き去りにされた北方領土問題もなんらか進展するかもしれません。先日、北方領土特措法案が可決したのもこのタイミングで偶然ではないのかもしれません。良い見方をすれば領土問題解決の布石、悪い見方をすれば旧ソになんらかの影響力がある鳩山家を牽制して、対ロシアとの関係を悪くしてやろうという政局の動きなのかもしれません。

いずれにしても日本には鳩の時代がもうすぐやってきそうです。さてさて、鳩は平和や天使と、いいものばかりの象徴のようですが、本当に鳩は天使か悪魔かはその世界になってみないことにはわからないですね。

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2009年6月12日 (金)

ガウスとフンボルトと伊能忠敬

Photo

世界の測量 ガウスとフンボルトの物語_ダニエル・ケールマン (著), 瀬川 裕司 (翻訳)

6月3日は「測量の日」です。

遅筆のため過ぎてしまいましたが、たまには地図屋らしく測量ネタでも書いてみようと思います。

紹介した書は2008年に日本で発売されたものですが、2006年にはなんと、かのベストセラー、ダビンチコードやハリーポッターシリーズをおさえて堂々世界第二位になったというドイツ文学です。

しかし読んでみると淡々と話が進むというか、イケイケドンドンで新大陸を測量しつくすフンボルトと屁理屈こねて動かないガウスの2人の変人の偉業をたたえた、いかにもドイツ人が好みそうな内容のもので、どこがそんなに世界でそんなに賞賛されたのかと疑問に思うところがあります。またなんでこれが「世界の測量」などというタイトルなのかがまたまた疑問です。

しかしながら地理屋やちょっとした冒険好きには確かにどこかくすぐられるタイトルでもあり、結果としてこの奇妙な題は成功しているのではないでしょうか?

さてそんなことより中身の話ですが、この物語に登場するフンボルトは近代地理学の祖ともいわれ、エルニーニョ現象の説明のときに必ず登場するペルー海流=フンボルト海流の発見者でもあり、地理を学ぶ人々にとっては有名すぎる偉人です。またもう一人の登場人物ガウスも磁力の単位になっているくらい有名な人物で、近代測量の基礎を完成させた人ですが地理学者というより物理学者の天才です。いずれも同時代を生きたドイツ人で、地理学を専攻する学生の第二外国語はドイツ語を学ぶべきという考えはこのへんからきています。

とにかくフンボルトは狂ったように視界に入る山と言う山を登っては測量して、地図に書き込んでいきました。その執念たるや鬼気迫るものさえあります。歴史に偉業を打ち立てる人物とはこういうものなんだと思いながら、かつて2001年に見た映画「伊能忠敬 子午線の夢」を思い出し、フンボルトと伊能忠敬という東西の偉大な測量家を重ねて見てしまいました。

Photoそれはガウスも含めて3人とも、測量の精度をあげることに異常な執念をもっていたということです。

私も曲りなりにも「測量士補」の国家資格を持っているのですが、測量とはどんな精巧な高度な道具を使っても、測量者の性格がいい加減であれば精度もいい加減なものになってしまいます。

私はそのいい加減な部類に入るのですが、大学院時代に修士論文を書くため、大学の地理学教室から、最新測量機器のトータルステーションを持ち出し、せっせと測量をしていたことがありました。特に公共測量ではなく自分の論文のためだけにしていた測量だったので、その精度はどうしようもないくらい誤差のありまくりな精度でした。

歴史上の天才3人はデジタル機器が一切無くても、間違いなく私のトータルステーションよりも正確な測量をしていたことでしょう。

そんな飽くなき測量精度の向上に血眼になっていたガウスとフンボルトと伊能忠敬ですが、現状の測量業界の窮状をどのようにみるのでしょうか。

現在の測量業は正確であることがあたりまえ、つまり測量機器が発展しつくしてしまい、測量屋に最も求められるはずの精度自体ががコモディティ化していまったという悲劇です。

ますます「世界の測量」が世界でそんなに読まれているか、謎が深まるばかりです。本来人間は、それほど正確な地図が必要ではないのかも知れません。いや、地図屋らしからぬ意見ですが・・・。

正確な地図がない世界の物語を読んで、現在人の痩せこけた冒険心を少しでも満足させたいという欲求は、単なる懐古趣味だけでは説明しえないように思います。例えば「地図に載ってない場所」というキーワードにはなにかわくわくするものがあります。この欲求の根源と欲求を満たすものがなんなのかという問いかけには、地図屋や測量屋の仕事をする領域が実はまだ残っているのかもしれません。

それが何かわかれば、私の給料ももう少し増えるかもしれまんね。ちなみにこの夏のボーナス支給は0ヶ月分ということです。支給じゃねぇ!と突っ込みたくなりますが、地図屋の落日も近いかもしれません。いやホント・・・。

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