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2008年5月

2008年5月31日 (土)

世界禁煙デーに思う

今日は世界禁煙デーです。

そして明日から私の住む関西地方でもタスポがスタートします。

わたしは3年ほど前からタバコはやめました。

タバコの税金が高いとか、利権が嫌いだとかそういう高等な理由ではなく、自分と家族の健康のためにタバコをやめました。

それにタバコは臭いし、汚い。タバコをやめると身の回りが清潔になったような気がします。やめるんならさっさとやめてしまった方がいいです。

しかし、個人的な心象としてタバコを吸ったこともない人に、タバコが悪いだの汚いだのあんまりとやかく言われることにも釈然としません。だってタバコはおいしいのです。この事実は否定しません。タバコに係る長い歴史がタバコのおいしさを証明しています。タバコのおいしさを知った上で、タバコの害を議論し、やめたり、吸わない人のため気を使える人は素晴らしいと思います。

タバコを吸わずにタバコを追い出すのは、鯨を食べない国の人が捕鯨国をバッシングする行為に似ていると思います。

一般的に喫煙者のマナーが問われますが、どんな分野にもマナーの良い人と悪い人がおり、悪い人が目立ちます。

一方、愛煙家の肩身が狭いのは仕方のないことです。タバコというものは空間を占領してしまいます。タバコが好きな人と嫌いな人がいるわけですから、それだけ愛煙家は気を遣わなくてはなりません。

例えばペットは解放できる公共の場がかなり制約されています。誰もが犬や猫のペットが好きなわけではなく、存在そのものが迷惑がれることだってあります。これと同じでタバコも公共の場では制約されてしかるべきものだと思います。

私がタバコを吸っていた頃には1箱260円程度でしたが、今は300円くらいするのでしょうか?

いっそのこと1箱1000円とか2000円くらいにして医療費に特化したタバコ特定財源なんかにしてしまえばいいんじゃないでしょうか。

そうすればタスポなんて余計な制度を作らなくて済むような気がします。もっと高くすれば中高生も手が出なくなるんじゃないでしょうか。

そのうち「タバコバー」なんていう新しい大人の空間ができるかもしれません。

1本1000円なんてくらいになって、タバコを吸うことがスタイリッシュな大人の時間になんてなったら素敵ですよね。そうなったらまたタバコはじめようかな?

ともかくタスポの制度がよくわかりません。タスポの成人識別カードなんて作ってしまったら、喫煙家の証明書を作るようなものでしょう。顔写真まで入るくらいなので、そんな不名誉な証明書を今後どうしようというのでしょう。

そのうち新幹線などの喫煙席やホテルの喫煙ルームはタスポがないと予約を取れないとか、逆にタスポを持っていると医療費控除が受けられないとか、どこか特定の場所には立ち入り禁止になってしまうとか。会社や公務員の採用試験で差別されるとか。年金が払われないとか。上下水道代が高くなるとか。保険に入れなくなるとか。・・・だんだん恐ろしくなってきました。

とにかく吸わない人は間違っても成人識別カードを作るべきではないですね。愛煙家の方もやめる気が少しでもあれば作ることはやめた方がいいでしょう。逆にこのカードを作ったがためにタバコをやめる気を喪失されることにはならないのでしょうか。

タスポの規約に以下の文言がありました。

第10条(taspoカードの有効期限)

1.

taspoカードの有効期限はTIOJが指定し、taspoカード上に記載するものとします。有効期限を越えたtaspoカードは利用できないものとします。有効期限を満了した後も、taspoカードの利用を希望する会員は、TIOJ所定の更新手続きを行い、taspoカードの交換を行うものとします。

2.

TIOJが必要と判断した場合、taspoカード上に表示した時期よりも前に有効期限を終了することがあります。その場合、TIOJが会員に対して、taspoカードの交換を伴わない更新手続きを要請するものとします。

タスポには有効期限があります。

この規約を読むかぎり喫煙者は社団法人日本たばこ協会(TIOJ)に手足を縛られることになります。タスポ更新時に手数料を取られても文句は言えません。もしくはこの社団法人が解体して国が直接運営すれば税金の対象にすることも可能です。

とにかくタスポは不気味な制度です。

作ってはならない!タスポ

ああ、タバコやめてて良かった。

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2008年5月30日 (金)

地図屋の原点(4)

いつのまにかブログを書き始めて1ヶ月が経ちました。

「地図屋の視点」ということで、文学・映画に留まらず政治や経済、環境問題などあらゆる分野を無謀にも論評してきたわけですが、やはりあまり世間の反応を得るにはなかなか厳しいようです。

当初はブログを毎日更新するつもりでしたが、2週間くらいで息絶え、現在は途切れ途切れながらなんとか現在進行形でブログ更新中です。

もしご興味をもってこのブログの訪問をリピートしていただいている読者の方がいましたら、何かコメントでも残していただければ今後も続けていく励みになります。

ブログを始めようとしたきっかけは フラット革命(佐々木 俊尚)を読んだことによります。その前にも梅田望夫著のウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)ウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)を読んだときにも多少は思いましたが、文系人間であるわたしの感性に響いたのがこの「フラット革命」でした。

そこには無名の人物が言論だけで世界に言葉を発信していけることの素晴らしさとその後の可能性について語られており、とにかく言論だけでも発していくことの勇気を与えられました。

そこでパソコンの操作能力はさておいて、キーボードを叩くくらいであればできる私が、言論だけでも発信してみようと思えたのです。わたしのブログにはこれまで写真や動画を掲載したことはありません。いつかは掲載したいとは思っていますが、とりあえずは文章を書くことができるわけです。

世の中には非常に価値のある情報を発するブログや、写真画質にこだわったもの、毎日旬の話題を発信するものなど、優れた面白いブログがたくさんあります。しかしそれのどれを取っても、その人の視点で見たものを、その人の文章や写真で表現して発信しているのです。

それならわたしでもできるのではないかと思いました。

わたしは職業として「地図屋」をやっています。そのわたしの視点=「地図屋の視点」としました。

わたしはこれまでの人生の大半を地理バカとして過ごしてきました。地理学を専攻すると将来何になれるのか、はたして地理学は役に立つ学問なのか、そんな疑問には何度もぶち当たりました。

でも少なくともわたしは地理をなんとか職業に結びつけています。

だったら地理学を学習し続けてきた人間がどういう人間になって、世の中に対してどのような視点をもつのかを示してやろうじゃないか、とちょっと大きく出てみることにしたわけです。

地理学は、他者の事例と自ら体験とをもって、ある事象を深く洞察しようとする方法論を持ちます。この方法論は世の中で充分役に立ちます。

わたしが世間一般的な環境問題に疑問を持つことができたのも、自然地理学を学習してきたおかげだと思っています。人間活動より太陽活動の方がはるかにエネルギーが大きいというあたりまえの事実を体験をもって理解しています。木の苗を植えたからと言って大気中の二酸化炭素が固定されるわけではないことを想像できます。温暖化は人間がいなくても起こることを知っています。

これが転じて、メタボやタスポやカーボンオフセットやチベットや携帯電話規制に利権が絡んでいることも想像ができます。新聞やテレビが何者かに操作されているなぁと感じることができます。最近はインターネットニュースも怪しくなってきています。

このような視点が育まれたのも地理学という基礎があったおかげだとわたしは思っています。

これからも独自の視点で世の中を見ていきたいと思います。

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2008年5月28日 (水)

買ってはならない!カーボンオフセット

カーボンオフセットについては先の小ブログ
カーボンオフセットと京都議定書
で触れた通り、温室効果ガス排出権のゼロサムゲームに負けた時の罰金を払うための制度です。
しかも払った時点で負けになるという実は巧妙なゲームです。

カーボンオフセット・・・決してこれを払ったからといってどこかで二酸化炭素が減るわけではありません。
二酸化炭素が減るという約束と減らしたという安心が買える現代の免罪符なのです。
だってホントに減らしたかどうかを追跡するのも面倒臭い人が払うわけですから。

追跡するとは大変です。例えばあなたに、自分がカーボンオフセットで払った金額に見合った木を植えたという報告があったとします(植樹そのものがカーボンオフセットにならないという話もありますが、ここは一般論を引用ということで・・・)。ではその木の苗を育ててその木を植えるまでに排出した二酸化炭素は追跡できるんでしょうか?または植えられた木が枯れたり切られたりしないよう管理し、ついにあなたがカーボンオフセットした相当量に達するまでの成木になり、さらに大気中に炭素が排出されないまま、例えば大洪水や土砂災害でうまいこと地中や水中に埋設されるまで追跡できるんでしょうか?

これはかなり極端な例を上げましたが、事実ここまでしないとホントのカーボンオフセットにはならないのです。
そんな想像力の欠けた人達がやる行為がカーボンオフセットです。
お金を払ったって誰がそこまで責任をもって二酸化炭素の追跡をしてくれるのでしょうか?むしろカーボンオフセット代を払ったがために発生しなくてもよかった二酸化炭素までが余計に発生してしまうだけのような気がします。

そんな折、こんな記事を見つけました。

日産自動車、「マーチ コレット」でカーボンオフセット活動を実施

2008年5月28日 15時1分

日産自動車は27日、同日発売した「マーチ コレット」でカーボンオフセット活動を実施すると発表した。

「カーボンオフセット」は、排出した二酸化炭素(CO2)を、CO2削減事業の効果と組み合わせることで、打ち消すという考え方。日産は今回、「コレット」1台の販売につき1t分のCO2排出権を取得し、日本政府へ届け出る。これにより、「コレット」の購入客がCO2削減活動に参加することになる。オフセットされる1t分のCO2は、「コレット」で約8000km走行した際のCO2排出量に相当する。日産が日本政府へ届け出たCO2排出権は、京都議定書で定められた日本の温室効果ガス削減目標に貢献することになる。

−NIKKEI BP NET−

日産自動車はハイブリットカーを諦めてこんな姑息な方法でクリーンイメージを上げたいのでしょうか?
いやたぶんカーボンオフセットは儲かるのでしょう。想像力の働かない人々には聞こえがいいようですし。
とにかくニッサンマーチのコレットは買ってはいけない車だということでしょう。
いやまあオーディオもなんもついてないマーチが好きな人なら買う価値はありそうですが、世界の低価格車ブームにぶつけてきたにしてはちょっと高すぎやしませんか?
インドのタタ車は25万円って言うじゃないですか?ま、これは途上国向けとしても、99万7500円出したら、軽でもいいのでホンダのライフをわたしは選びますよ。燃費もその方がいいですし、オフセットするよりクリーンかも。

価格にはとにかくカーボンオフセット代が上乗せされているわけですから、無駄な買い物です。

でもそのうちどの車を買うにしても二酸化炭素代がかかってきそうで怖いです。

とにかく何に金を払っているのかわからない詐欺まがいのインチキ宗教のようなカーボンオフセットなんかには私は絶対お金を払いたくありません。

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2008年5月25日 (日)

クリープする日本

「クリープ」という言葉にはさまざまな意味がありますが、地形学用語にもその言葉があります。

英語ではいも虫やミミズのような虫がはい回るときの動詞として使用します。

有名なところでは自動車のクリープ現象で、オートマの自動車がゆっくりと自動的に前に進んでしまう現象のことを言いますね。

その他、忍び寄るとかこそこそ入り込むとか、とにかく虫唾の走るようなかなり気持ち悪い物に使う言葉です。

ちなみにコーヒーには気持ち悪くてクリープを入れられません。イメージの問題ですが、食品になぜあんな名前を付けたのか不思議です。

さらにちなみにUKバンド「レディオヘッド」の鮮烈なデビュー曲がこの「Creep」という曲で、自分を虫けらのごとく自己破壊に徹したテーマが結構好きです。

話を元に戻しますが、地形学ではマス・ムーブメント現象のひとつにこのような言葉があり、地表全体がゆっくりと斜面下方に動いていく現象のことを言います。学生の時はソリフラクションと同義と思っていましたが、ウィキペディアを見る限りでは若干意味に違いがあるようです。

すべての陸上の地表面は重力によって常に下方に引きずられています。土壌も岩石も動くスピードは違えども年間数ミリから数センチ、場所によっては数メートル移動しています。

これは水分の凍結融解の繰り返しや、岩石分子の水分飽和と乾燥の繰り返しなどが原因で起こります。

岩石や土壌中の水分が凍結したり、湿気を含んだりすると、分子レベルで体積が膨れます。このとき斜面に対して垂直方向、つまり斜面から離れる方向に分子の中心点が移動します。反対に溶解したり、乾燥したりすると、今度は斜面の角度とは関係なく、鉛直下向きに移動します。このとき元の位置からは分子レベルで非常にわずかですが、斜面の下方に分子の中心点が移動したことになります。これの気の遠くなるような繰り返しによって、地表面全体が斜面下方に移動するのです。

しかし、だからと言って土壌や岩が高い山からなくなることはありません。いや正確には徐々になくなっていってますが、これには堆積ということもありますが、地殻変動による隆起や気象変動による土砂の堆積など劇的に土や岩石が供給されることがごくたまにあり、このごくたまにある劇的な変動が普段の緩慢なクリープより上回るか均衡するからです。

な~んとなく、日本はクリープしているように思われます。全体がゆっくりと下がってきているような?政治、経済、教育、安全。安全については先日、英国の経済誌「エコノミスト」に日本の平和度は世界第5位という順位が出てました。日本は2年連続5位ですが、約140カ国中の5位なのでかなり好成績だと思います。

クリープせずになんとかこの順位を保っていきたいですが、のらりくらり日本の政治が日本全体のクリープを起こさせているような気がしてなりません。

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2008年5月23日 (金)

新聞を読まない(2)

昨日、沖縄が梅雨入りしました。

沖縄地方が梅雨入り2008年5月22日
沖縄気象台は22日、沖縄地方は梅雨入りしたとみられると発表した。統計を取り始めた1951年以降、過去3番目の遅さ。
-琉球新報-

同じ日、こんな記事を見つけました。

初夏の飛来 イワツバメ、2週間早く函館港で営巣

初夏を感じさせるイワツバメの営巣が、函館港・緑の島にかかる新島橋で始まった。平年より二週間早く函館に飛来、産卵を間近にしたツバメのつがいが、橋げたに巣を作り頻繁に出入りしている。
-北海道新聞-

沖縄の梅雨はだいたい例年、GW前後です。早いときには4月中に梅雨入りした年もありました。
南では例年より2週間遅い梅雨入り。北では例年より2週間早い夏の知らせです。

他にはこんな記事も

尾瀬山開き 国立公園誕生祝いオカリナ演奏や合唱

昨年8月に29番目の国立公園として指定された「尾瀬国立公園」が21日、山開きを迎え、本格シーズンが幕開けた。
-上毛新聞-

尾瀬にも短い夏がやってきたようです。と言ってもHPではまだ雪の残る写真が掲載されていました。

光化学スモッグ 今年初の注意報 北九州市

北九州市は22日午後一時半、同市若松区に光化学スモッグ注意報を発令した。同注意報の発令は今年初めて。
-西日本新聞-

今年も九州では光化学スモッグ注意報が発令され続けるのでしょうか?中国大陸からの越境汚染だとされています。
全国紙ではなぜか黄砂が東京まで飛んで行かないとニュースになりませんが、九州地方の人々は中国からの越境汚染に日々さらされています。

全国紙の新聞を取ってたら、たぶんこんなニュースは知ることはなかったでしょう。
知りたくても載ってない。
テレビもこんなことはわざわざ報道しない。
実生活にはたしかに必要ない情報かもしれないです。
でも私はそんな情報との接し方はしたくありません。

ちなみに私の居住地域は関西です。

新聞を読まない。
テレビもニュースは見ない。
でも確実な情報はほしいと願っています。

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2008年5月22日 (木)

安定陸塊の驕り

地理学の教室では安定陸塊(あんていりくかい)という言葉を勉強します。

安定陸塊とは文字通り、安定した陸の塊のことをを言います。

大きな大陸の安定した内陸部を指すことが多くカンブリア紀以降に安定した陸地のことを言います。つまり「造山帯」ではない陸の部分がだいたい安定陸塊です。

主に安定陸塊では大平原や砂漠が発達し、インドのデカン高原やシベリア・オーストラリア・ブラジルなどがその例です。大陸の内陸部にあり、地震がなく地殻変動の極めて少ない陸域であるとされています。

では、今度の中国四川省の地震は何なのでしょう。

ユーラシア大陸東部も安定陸塊に分類されています。ヒマラヤやチベット高原は新規造山帯です。その周辺は古期造山帯にあたります。

成都周辺をgoogle earthで見てみましたが、急峻な山地と平野が連続する雄大な地形が見られます。おそらく造山帯辺縁部で、地殻変動が比較的新しい地形だということが読みとれます。

つまり安定陸塊ではない。

四川省あたりは安定陸塊でない??

ここでふと疑問に思いました。安定陸塊って本当にあるのだろうか?と。

今回の地震は直下型とされ、阪神淡路大震災と同じ性質の地震です。

地震には主に3種類あり、海溝型と火山型と直下型があります。その他にも地下核実験や隕石衝突などの特殊な地震はありますが、だいたいこの3つだけです。

海から遠く離れ、近くに火山がなければ、あとは直下型しか原因はありません。逆に直下型は地殻上どこででも起こりうる地震なのです。

そう思うと安定陸塊なんて地球上どこにも存在しないように思います。

そもそも地殻とは非常に不安定なもので、よく卵の殻に例えられますが、地球内部の液体と外部の気体の境界部分にあたる薄い個体の膜が地殻なのです。

地球内部にはマントルというドロドロした高温の液体が対流し、地球外部では窒素・酸素・アルゴンなどが混合した気体(空気)がこれまた対流しているわけです。

地球外側から中心に向かって、気体(大気):固体(地殻):液体(マントル)を長さの比で表すと120km:30km:6000km=4:1:200となり、たとえば直径4cmの卵の場合、殻がわずか0.2mmしかないことになります。なんとあぶなっかしいことか。

ということは「安定陸塊」なんて言葉は地形学上の幻想でしかないと思います。

地形学には準平原理論というものがあり、デイビスが提唱した「侵食輪廻」という考え方が素になっています。地殻変動により隆起した台地が侵食され、急峻な山谷を形成し、侵食が進むと山はさらに削られ、谷は埋められ、やがてまたほぼ平らな準平原に戻るという理論。地形はこうして隆起と侵食を繰り返ししているという気の遠くなるような時間軸の上の仮説です。

地形学が大好きな私ですが、実のところデイビスのこの仮説にはいささか賛同できかねるところがあります。詳しい話はまた別に取り上げたいと思いますが。

安定陸塊はおそらくこのデイビスの理論の上に成り立っているのではないかと思います。

とにかく、「安定した陸の塊」なんてものはあり得ないと、考えさせられる今度の地震だったと思います。

「日本は地震大国だ」とよく言いますが、結局どこにいても地震の危険からは逃れられないということではないでしょうか。

最後に四川省の大地震でお亡くなりになられた多くの命に哀悼の意を表し、心からご冥福をお祈り申し上げます。

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2008年5月18日 (日)

プラムディヤ・アナンタ・トゥール(2)

プラムディヤ・アナンタ・トゥール著「人間の大地(上)(下)」

人間の大地 上 (プラムディヤ選集 2)

人間の大地 下(プラムディヤ選集 3

昨日のブログでは、これについてのあらすじを述べてきました。

今日は簡単な書評を載せたいと思います。

とにかく物語は、植民地という生々しい事実に対し、精神論として非常に深くえぐられています。

物語の時代には既に奴隷は解放され、オランダ領東インドではプリブミに高等学校の進学をも許せるほど法的な近代化も進んでおり、仕事さえあれば飢え死にすることもなく、子どもや女性を収奪されるような非人道的な悲惨な植民地状態は見られません。

という時代においてもヨーロッパの血と有色人種との間での、社会的地位や植民地的意識は根強く残っており、ヨーロッパ人やヨーロッパ的なものであれば、理由なく優れているものであり、プリブミやジャワ古来のものは劣っているとされます。

近代化はすべてヨーロッパからもたらされ、鉄道・通信・新聞・教育制度などはすべてオランダから運ばれてきたものなのです。

という時代。

日本ではまったく想像し得ないことですが、登場する外国人や言語の数が尋常でない。

ジャワ語・マライ語・マドゥラ語・オランダ語・英語・フランス語・中国語・日本語。

これだけの言葉がスラバヤという都市とその周辺だけで繰り広げられることは、植民地という状態がどれだけ外国人によって蹂躙されることであるのか、これは日本人が想像できるレベルを完全に逸脱してると思います。

1年ほど前に「一度も植民地になったことがない日本 (講談社+α新書)」という本を読み、オランダで、その著者がスリナム(スリナムもインドネシア同様、オランダの植民地だった)から来た女性に「日本のマスターズ・カントリーはどこなんですか?」と問われ「日本は一度も植民地になったことがない」と返したところ、その女性が信じられないという顔をしたという文章を読んだことがありました。

有色人種の国としては、そのような蹂躙がないことが、世界では非常に珍しいことなのです。

ただ単に主権が外国にあるというだけではなく、支配層のヨーロッパ人が来るというだけでなく、他の国からあらゆる外国人が流入することについても、歯止めをかける手だてがない。植民地という弱い立場の地域には、あらゆる人種が、特に悪貨が良貨を制するように裏社会の人や金が流入してくるのです。

そして、近代化という恩恵をもたらす一方、裏で売春・ドラッグ・人身売買・人種差別を行う非道な「ヨーロッパ的」なものに対して、著者は痛烈な批判というより怒りをえぐり出しています。

日本がヨーロッパ的な「近代化」を単なる「優れたもの」として羨望のまなざしで、追いつけ追い越せをやっていたの同時代に、明らかにヨーロッパに対する印象は違います。それが民族的意識の萌芽を喚起し、今日のインドネシアを形成していると感じられます。

かつて夏目漱石がロンドンから帰国した際、近代化に対して非常な憂慮を新聞で述べたという史実が日本にもありました。しかしそれは、神経衰弱に陥った漱石の弱音として世間では注目する物は誰一人としていませんでした。漱石は新聞社を辞め、文学の力で近代化への批判を続けますが、やはりプラムディヤほどのえぐり方はなかった。それは漱石が日本人だからです。

そういった意味で、この本は日本では決して味わうことができないし、語れることも、取り上げられることもない、未知の体験、しかも世界の多くの有色人種が味わってきた体験を知ることができる非常に貴重な書籍だと思いました。

私の中では、かの有名なベストセラー

国家の品格 (新潮新書)

で語られた本当の意味が、プラムディヤ文学に触れることで初めて理解できたような気がしました。

インドネシアには、これまで2度行ったことがありますが、ジャワ民族は非常に礼儀正しく、清潔好きな民族です。ジャワ語は世界で最も敬語が発達していると言われるほど、ジャワ人は主従関係を大事にし、従順で、相手を気遣うことを作法とする文化が育っています。実際にジャワの現地人に接すると、彼らは体からココナッツのいい匂いを発し、店や家の前はゴミ一つなく掃除が行き届いており、礼儀正しく挨拶し、こちらの顔色をうかがって声をかけてくれるし、話をすると学はなくとも聡明さが伝わってき、ひとつも嫌な思いはしません。

これらの受け手文化は日本独特のものであると思っていたのですが、世界で数少ない孤島列島に住む日本人とインドネシア人には共通点が非常に多いと思います。

現在、なぜ日本が経済大国となり、インドネシアが途上国のままでいるのか。それは不幸な歴史と為政者に翻弄されただけとしか思えません。

今、インドネシアはVISTAネクストイレブンとして将来の世界経済の獅子とされていますが、それは必然として起こりうることであると、私は素直に納得できます。

日本が近代化の時代、戦後、急成長を遂げたのはそれを行うための下地が既にできていたことを「国家の品格」では述べられていました。

しかし、ほぼ同じ要件がインドネシアでは既に揃っているのです。

日本が民族的な喚起を起こすような体験を得なかったことは歴史的には幸福だったかもしれません。現在、明治・大正のような強靱な政府をもたず、勤勉さも、ヨーロッパへの劣等感もなくなった日本が今後どのように成長していくのか、非常に不安に思います。

しかしもしかすると、流血はなくとも日本でも経済的な蹂躙は既にはじまっているのかもしれません。今こそ日本には為政者や利権既得者に立ち向かう、民族的喚起を促す文学が、必要なのではないでしょうか。

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2008年5月17日 (土)

プラムディヤ・アナンタ・トゥール(1)

プラムディヤ・アナンタ・トゥール著「人間の大地(上)(下)」

人間の大地 上 (プラムディヤ選集 2)

人間の大地 下(プラムディヤ選集 3

このあいだ、私は初めてインドネシア文学を読みました。
それがこの小説です。
とある古本屋でふと見つけたのですが、本の帯には「インドネシア最高文学」と書いてありました。その時、「インドネシアの文学って読んだことないなぁ」と思い手に取って、思わず買ってしまいました。
よくよく考えてみたら、アジアの文学そのものを、日本と中国のもの以外は読んだことがなかったのです。
おそらく多くの人がそうではないかと思います。
しかもこの小説は19世紀終盤、インドネシアがまだオランダの植民地だったころの話であり、被植民地層のジャワ人(インドネシア人)によって書かれている本だったのです。
そんな本が日本語に訳されているのが何より凄いと思い、それだけこの作品が秀作であるのだろうという期待をもたせてくれました。
著者:プラムディヤ・アナンタ・トゥール、訳:押川典昭。
どちらも知りません。
というわけで単なる興味と期待だけをもってこの文学に触れてみた感想です。

【あらすじ】
土着の民ジャワ人(物語では「プリブミ」と呼ばれる」である主人公、ミンケは高等学校の生徒(おそらく18歳という設定だと思われる)
時は1890年代後半、産業革命による近代化の波が否応なくインドネシアまで流れ込んでくる時代である。舞台はインドネシア第二の都市、スラバヤである。

ここで出てくる高等学校とは、オランダ領東インド政庁によって設置されたヨーロッパ的近代教育を施し、そこへの進学および卒業することはエリートへの第一歩とされた。

そのほとんどがヨーロッパ人およびその混血児が通う中、プリブミである主人公がいわれのない偏見や差別に対して、言論をもってこれに抗うという民族的意識がありありを発露された物語である。

ある日、混血の同級生に誘われ、とある農場を訪ねることになった。その農場は、とあるヨーロッパ人が開き、現在ではその現地妻とその家族だけで経営している農場で、地元でも「禁じられた開かずの宮殿」として恐れられていた。

地理の教室ではプランテーションという植民地型農場経営を想起させるが、実情はそう教科書通りではないことがまた面白いところである。

その農場には現地妻(ニャイ・オントソロ)とその娘(アンネリース)、息子(ロベルト)が住み、主に乳製品を生産する農場を経営する。農場の主人であるオランダ人(トゥアン・メレマ)は酒と遊女におぼれ、農場経営には関わっていない。というのが主な登場人物である。

物語は、この農場を舞台に繰り広げられる。

悪友の誘いで農場を訪ねた主人公ミンケは、ニャイの娘、アンネリースの美しさに一目惚れする。なんと訪ねた初日にキスまでするのだから驚きである。

アンネリースの方はまったくの箱入り娘で自分を美しいと言ってくれたことが初めてのように喜び恋に焦がれていた少女が、やっと出会った恋というように、こちらもミンケに強く惹かれていく。

そうして娘の幸せを願うニャイの再三の誘いに負け、ミンケはついに農場に住み着くようになる、というところからこの物語は動き出す。

同じ農場の息子ロベルトがこれを面白く感じないのは当然だし、高等学校では良からぬ憶測が飛び交うのも当然、ミンケの家族も世間体を気にしてこれに猛烈に反対する。

しかし、この農場のニャイがプリブミであり、何の教育も受けていないにも関わらずヨーロッパの言葉と知識とそして態度を身につけていることに非常なリスペクトを覚えた主人公は新聞という媒体を通じてこのニャイを主人公とする物語を発表し、やがてそれが主人公がこの農場を舞台に書いたものだと世間に知れ渡るにつれ、世論を勝ちとっていく。

その後、主人公は高等学校を高等学校を退学させられそうになりながらも無事卒業し、アンネリースとめでたく結婚するも、農場の主トゥアン・メレマが隣家の娼館で殺害されるという事件をきっかけに登場人物は法廷に立たされることになる。

宗主国オランダのアムステルダム裁判所は無情にも、現地妻にはなんの権利も認めず、財産権とアンネリースとロベルトの後見人をオランダに住むトゥアン・メレマの正妻の息子に認めるという判決を下した。

高等な教育を修めた主人公はその教育をくれたヨーロッパに怒り、失望する。主人公はさらに新聞を通じ、言論による戦いを挑むが、あまりに大きな力の前に、その戦いは敗北に終わるのである。

物語はこのどうしようもない怒りと無力感のなか閉じられる。

なんという無情さか・・・。

この続きは明日へ。

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2008年5月15日 (木)

地図屋の原点(3)

昨日に引き続いて私の原点となる地理バカなお話です。

とりあえず学生時代は地理学を専攻していました。

地理学は自然科学と人文科学に境界に位置しており、大学によっても地理学科が文学部に属していたり、理学部に属していたり、文理混淆の学問です。
文系と理系それぞれのいいとこ取りとも言えますが、逆に地理学はそれだけ専門性が希薄だとも言えます。
地理学は歴史地理学とか都市地理学とか水理地理学とか、○○地理学という多彩な分野で分科し、それらを総合することで地理学という知識になります。または、地理学という方法論をもってあらゆる分野にアプローチすることに意義を見いだします。
いずれにせよ、地理学は事例収集によるデータとフィールドワークによる研究者自身の体験の上に語られる方法論を持ちます。
つまり、研究対象の地域や事象に類似する事例(データ)を収集し、その地域の人や物や空気や文化や歴史に直に触れること(フィールドワーク)で新たな事例を整理していき、知識を蓄える学問なのです。
地理学に長く携わればそれだけ多くの事例を体験として研究の内部に蓄積していくことになります。
総じて地理学者は(これまで様々な偉い先生方に会ってきましたが総じて)皆、異常なまでに常識を身につけているという印象を受けます。研究者という人種は、ある意味、人格的な偏りが多く見受けられがちですが、地理学者は偉い先生ほど至って常識人であり、人間的にバランスが取れています。
これは地理学という方法論を試行していく上で、身に付けてきたことではないかと思います。
つまり、地理学者は多くの事例に出会うため、多くの人に出会います。多くのしかもいろんな種類の人々に出会うことは人間としてのバランス感覚が養われていくのだと思います。
ただし、私のかつての同僚でもそうでしたが、鉄道に傾倒し、地理学なのに頑なに鉄から離れられない研究している人はやや偏りのある傾向があるように思われます。これはわたしの経験上の印象ですが。
とにもかくにも、地理学は深く学べば学ぶほど人間のできてくる学問であると思うわけです。
続きはまたいつか。

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2008年5月14日 (水)

地図屋の原点(2)

地形学 (自然地理学講座 (1)) (町田貞著)

という本が私の教科書でした。
誰に薦められたわけではなく、大学の図書館で見つけて以来、この本に書かれてある地形学の知識がイコール私の知識そのものになりました。

デイビスとペンクの大地形論争という、地形学史上おそらくもっとも白熱した論争の両方の立場から大地形を論じてるアプローチ方は非常に高く評価されるべきだと思います。
当時はアマゾンもインターネットもありませんから、その本を求めて本屋に奔走したものです。
大学では私の知識の道しるべであり、いつでもこの本を開いては知識の源としました。
それ以来、幾度も引越しを繰り返す生活をしていましたが、今でもかならず手に届くところにこの本はあります。

地形学という分野に惹かれるようになったのはいつのころからかは分かりません。
小学生の頃には、人並みに鉄道や車も好きでしたが、宇宙や天体の本が特に好きでした。
そのうちに宇宙より地球内部に興味を持つようになりました。
また、人工的なものより、自然の造形物が好きになりました。
基本的に車や鉄道など機械系にはあまり興味がありません。私の世代の男性のほとんどが傾倒するガンダムにもまったく興味がありません。
どうやら人工的な造型品にはあまり美しさを見出せないようです。
人工的とはいえども、芸術とはまた違いますが。
個人的にトーマスマックナイトや藤城清治、ルノワールやターナーなんかも好きです。でも画集を買ったりするまでに興味があるわけではありませんが。

地形学は自然の織り成す芸術作品をギャラリーよろしく整理する分野です。
自然の芸術作品の名称を知り、作品の出来る過程や時代背景を知る分野です。
例えばもっとも身近な河川という地形は、水が流れることによる物質運搬の侵食と堆積の平衡状態によって作られます。
なぜそこに河川があるか?というたった1つの問いからは、さまざまな知識を得ることができるのです。
それこそ原始地球の歴史まで遡ることができるはずです。
たとえアスファルトやコンクリートで人工的に地形を改変したとしても、それはミクロな地形しか変えることはできません。
自然がひとつの地形を作り出すとき、それは地球上の水や空気や熱やその他の化学物質、生物など動きにより形成されます。
それが地球内部に蓄えられたエネルギーであれ、つまりは宇宙からのエネルギーに依存しているわけです。
大きな視野を持つと、目の前の山や足元の平野も、ビッグバン以来始まる140億年の宇宙の営みの結果、今そこに存在しているのです。
そう考えたとき地形学というものがもの凄く興味深く、わくわくするロマンを感じるのです。
おそらくこの興奮は、天文学や物理学、生物学、化学、数学など、宇宙の真理にせまるあらゆる自然科学に携わる人々が得る興奮と同質と思います。
あいにく私は数学が非常に苦手でしたが、地形学という分野から自然科学の面白さを学ばせてもらったと思っています。
私は自分では文系人間だと思っていますが、逆に歴史学や考古学、哲学などの人文科学は好きではありません。
文学は文字による芸術だと思うのでそれはそれでよいのですが。特に学生時代には夏目漱石や三島由紀夫、中島敦のような多少退廃的というか厭世的というか、そういうニヒルな小説がすきでした。

高校時代には、夏目漱石の文学が特に好きで、漱石の座右の名だったという「則天去私」という言葉が、これがデカルトの有名な思想「我思う、故に我有り」とほぼ同義であることを知り、文学や思想の普遍性というものに感動を覚えたこともありました。

と、話がそれだしたので、続きは明日へ。

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2008年5月13日 (火)

チベット問題の根源

先の小ブログ

超先進国家?通貨の流通しない国アイスランド

で「ビョークも好きでしたが、昨今のチベット発言でそうでもなくなってしまいました」と書いたことが後々気になって改めて記事にしてみました。

私は特にビョークがチベット独立を促すような発言をしたから好きではなくなったというわけではなく、逆にビョークが中国側を弁護しても好きではなくなったと思います。

つまり私は中国側でもチベット側でもなく、一連のこのチベット騒動に違和感を持っているからそう思うだけです。

というのも当の中国人やチベット民族を差し置いた部外者による論争があまりにも加熱しすぎではないかと思います。

確かに報道にあるように中国のやり方はとても人道的とは言えず、平和や人権の観点から批判にさらされてしかるべきだと思います。それでも日本のマスコミは福田首相の行動もあってか、どっちつかずで良く言えば冷静なような気がします。(単に政府の意向を反映しているという情けない理由だけかもしれませんが)海外のメディアではもっと中国批判は酷く、人道的な観点から強く弾糾されています。

この騒動の中で、真っ先にポーランドでは首相が北京五輪の開会式辞退の表明を出すなど、ヨーロッパ諸国での批判ぶりは相当なものです。

どうやら世界の構図は中国を悪者にしてチベット独立を促しているようにしか見えません。もしくは中国潰しが目的か?

どちらにせよこの世論を煽るマスコミの動きかたは、温室効果ガスを異様なまでに悪者にした行動と同じように見えます。

ここからは私の地図屋としての視点であり、完全なる憶測であることをまず断っておきます。

チベット自治区のあるチベット高原は地質的には世界で最も古い地層が地表に現れている地域のひとつです。地理学では「新期造山帯」に分類されますが、それは新しい時代に動いたというだけで、実態は数十億年前の海底の地層が露出してきています。

このような地域では豊かな鉱山資源が取れることが予想されます。ただし、あまりに古いので石油や石炭などの生物由来の化石燃料はほとんど取れません。これら化石燃料はチベット高原辺縁のゴビ砂漠・タクラマカン砂漠で採掘されています。

チベットで取れるのは、希金属つまりレアメタルの類だと思われます。レアメタルとは文字通り世界でも産出量が希少な金属のことで主に、金・白金・水銀・バリウム・コバルト・クロム・モリブデン・チタン・タリウム・ニオブ・タングステン・インジウム・ビスマスなど、とにかくあんまり耳にしないような金属のことです。逆によく聞くものでも金や白金が希少な金属だってことはなんとなくわかりますよね。

近年、これらのレアメタルの需要が異様に上がってきていることが事実です。これらはパソコンや携帯電話などIT機器の部品になったり、原子力発電所や航空機の材料に使われたりしてるのです。

今後、特にエネルギー問題が原子力や新エネルギーにうまいこと移行していくにしたがって、これらレアメタルの需要がさらに高まってくることが予想されます。

つまり、石油高騰の次に来るのは、レアメタルの高騰です。というか既にかなり高騰してきていることも事実です。

あまり知られていませんが中国はこれらのレアメタルの生産をここ10年ほどで飛躍的に伸ばしています。このままではレアメタル市場は中国が覇権を握る可能性もあります。

または中国は国内での産業の需要が伸び、海外へのレアメタル流出を抑えているようでもあります。

ヨーロッパ諸国はこれまで植民地政策の名残によってアフリカや南米のレアメタルを安定的に供給してこれました。しかし、中国で産するレアメタル、特にチベット高原に産するレアメタルの量は詳しくはわかっていません。おそらく地質的に潜在的に産する可能性が高いと素人の私でも思うくらいですから、ヨーロッパ列強はその事実を把握しているに違いありません。

願わくばチベットを中国から分離させたいと思う連中がいてもおかしくありません。

国際取引に長けたヨーロッパ諸国が、エネルギーの次にくる覇権争いを水面化で行っていると考えるのは、果たして勘繰りすぎでしょうか?

中国がチベットを放したくないのは誰から見てもなんとなくわかる話です。しかし、ヨーロッパ諸国があれほど過激にチベットを擁護する理由はないのではないでしょうか?ましてやチベット問題は戦後ずっと燻って来た問題です。どうして今、世界がこれほど騒ぐのでしょうか?

このように考えると中国を取り巻く批判の根源はこのような世界の不穏な動きを反映していると考えられます。

今の時点でチベットに恩を売り、チベットが独立もしくはこれまで以上に強力な自治権を獲得すれば、それまでチベット派であった国はチベットと有利に取引できます。もしくはチベットの資源開発援助なんかができれば願ったりかなったりでしょう。

だから私はビョークのように安易にチベット擁護発言することに違和感を覚えます。別にビョーク一人を責めているわけでないですが、公平なアーティストの立場から少し軽率だったのではないかと思います。これはマスコミ報道に煽られて聖火リレーを妨害する人々を見ても思います。もし本当に「フリーチベット!」と願うなら、ダライ・ラマのような寛容な態度のように、冷静に物事を運ばなくては、ヨーロッパ資本や資源メジャーの思う壷にハマりかねません。

チベット・中国どちらを擁護するのも思想の自由ですので、そのことについては私は意見しませんが、世界に不穏な動きがあるかぎり、知らず知らずのうちに特定の利権者やそれに迎合するマスコミの拡声器となる可能性があり、最終的にその発言をした自分や擁護していたはずの人々が搾取に合う危険性があることをユメユメ肝に命じて行動をとって欲しいと願ってやみません。

それにしても日本は中国側にすり寄るつもりなのでしょうか?はたまた日本の政治家や官僚は気候変動枠組条約のときのように、そんなことも考えずにまた世界の後手ゴテに回るのでしょうか?

いやいやこのようなことは私の勘繰り過ぎかも知れませんが、マスコミが信用できない以上、真実はまだ闇の中です。

ちなみに私の身上を明らかにしておく必要がありますが、私は一切の先物や株などに一銭の私財も投入していない極めてニュートラルな立場での「視点」であることを断っておきます。

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2008年5月12日 (月)

映画をみる

昨日、妻にさそわれて映画「相棒」を観てきました。

組織や権威に抗い、純粋に事件の真実を明らかにすることを追い求める超切れもの刑事と、正義感とその一本気だけが売りといういう刑事の2人がパートナーを組み、難事件を解決していくという設定としてはありがちな刑事ものです。

しかし、水谷豊扮する「杉下右京」と寺脇康文扮する「亀山薫」の織りなす掛け合いや間合いになんとなく惹き付けられるものがあり、紋切り型の事件解決課程には水戸黄門シリーズに似た安心感と爽快感が「次もみたい」と思わせるに足りる作品群となっており、わたしも徐々にその面白さにはまり込んでしまいました。

もともと土曜ワイド劇場などテレビ朝日系の枠でやっていたテレビシリーズですが、その人気ぶりからこのたび映画化したというわけです。

映画をみた感想としては「いい映画だった」というのが私の印象です。

内容はこれから観に行く方のためにも言えませんが、全体に流れるテーマが非常に良かったと思います。

2000年に最初のドラマを手がけて以来ずっと和泉聖治監督の手によって作られてきたようですが、今回も監督の気概をよくみれた気がします。

初回放送以来ずっと流れてきた「相棒」のテーマは権威へのアンチテーゼだと私は感じています。またそのアンチテーゼは、権威の本来の役割への復権を願っているメッセージとも感じられました。

そして今回の映画の権威はまさに「マスコミ」であり、朝日放送は自らマスコミへのアンチテーゼを具現化した作品を容認したことになり、完全にフィクションの映画と言えども私はこの映画にはある程度の評価をしたいと思います。

昨日の小ブログ「新聞を読まない」でマスコミをかなり批判したこともあるのですが、これはマスコミ内部から現状の危機感を察知し、マスコミの復権を願った作品であると思います。

昨日のブログのフォローをするなら、信用できないメディアの中にも、真実を語ろうとする現場の人間が必ずいるはずです。大手マスコミではこのような気概あふれる人々の意見はもみ消され勝ちですが、我々はこのような気概あふれる力の小さな記者たちを応援し、待ち続けることをしないといけないと思います。

ただし、ここからがわたしの悪い癖ですが、このようなマスコミの復権を願う映画などが今後少しずつ現れてくると思いますが、それらが単なるフィクションで終わってしまい、実態を伴わない反省だけであれば、今度こそマスコミの復権はあり得ないと失望するしかありません。

政府を監視し、大衆の意見をすくい、利害や権威の干渉のない真実のみを報道するという、本来のマスコミの役割に戻る事こそ、復権であると、わたしは願います。

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2008年5月11日 (日)

新聞を読まない

私は新聞を読まない。

だからもちろん新聞を取ってない。

もちろん取っていたこともある。

しかし、月々3000円前後も払う費用対効果がどうもない。

テレビもそうだが、とくに新聞の役割はもうとっくに終わっているのではないだろうか?

(テレビについては電波利権 (新潮新書)池田信夫)でめった刺しにされているので爽快である。ただし私は映画やドラマくらいのテレビは見ている)

大概のニュースはインターネットで見られる。トップ記事ほどの大ニュースなら、都会で生活しているだけでなんらか耳に入ってくる。細かい3面記事や地方レベルのニュースもネットで検索すれば見られる。テレビ欄や天気予報はいわんやである。

今度新聞屋が勧誘でも来たら「新聞のどこがいいかのかしっかり営業トークしてみろ」と言いたい。

おそらく彼らは社説やコラムの話を持ち出すのであろう。

新聞の社説やコラムが優れているとは思えない。世の中には優れたブログ記事があふれているから相対的に地位は下がっている。というか新聞社説はだいたい面白くない。

読売グループの政治活動をなんとかしてほしいし、朝日新聞の日中問題に対する原罪(という言い方が正しいかはわからないが、既にぬぐえない国賊的な罪がある)を償ってほしい。産経にしても毎日にしても、やつらはどうしてテレビ局と一体なのかわからない。

メディアとして新聞・テレビがセットなことは、日本人として不幸に思う。

NHKもエビジョンイルさえ登場しなければよかったのだが。いまだに文字どおり「のうのう」と横綱審議会の会長をしているのが許せない。この件で角界まで好きでなくなった。

新聞に話を戻すが、いまや新聞に残った機能とは、鍋に敷いたり、割れ物を包んだりくらいである。つまり「紙」としての機能しかない。この機能は実にあなどれない機能で根元的な生命活動ともリンクしてくる。っとちょっとバカにしてみた。

唯一の利点は新聞を読むためにプレイヤーは不要だということくらいだ。電子機器が使えなくなる非常事態には活躍しそうだが、そんな非常事態下にそもそも新聞が配達されるのか疑問である。

とりあえず、つまり新聞紙である必要はない。ということが言いたいわけではない。

いやよく似ているが、つまり新聞を取る必要がないのである。

月々3000円前後であれば、光通信の月額料金に匹敵する。同じ料金でひと月に得られる情報量の差は歴然としている。

しかも新聞の情報はかなり押しつけである。知りたくない情報まで載っている。そして知りたい情報が載ってない。

いまや「ウソつきはメディアのはじまり」という言葉も聞いたことがある。

新聞を読まない。

テレビもニュースは見ない。

メディアは信用できない。

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2008年5月10日 (土)

温暖化って悪いの?(6)

今日は他人のふんどしで相撲をとらせてもらいます。

温暖化って悪いの?(1)

温暖化って悪いの?(2)

温暖化って悪いの?(3)

温暖化って悪いの?(4)

温暖化って悪いの?(5)

カーボンオフセットと京都議定書

昨今の温暖化への無用な危惧の高まりや、カーボンオフセットなどに少なからず違和感をもって、地理学を修めたものとして批判を続けてきました。
これを書く勇気を得たのはいうまでもなく、右のサイドバーにもありますが「環境問題はなぜウソがまかり通るのか(武田邦彦)」によるところが大きいです。

環境問題はなぜウソがまかり通るのか (Yosensha Paperbacks (024))

でも、私のつたない知識や、引用のほとんどない文章は信用にかけることは自覚しております。
まあ、個人ブログなので思ったことをそのまま書けばいいやと思っていた節もありましたが。
そんなおり、私がつらつら述べてきたことを力強く裏付けてくれるブログ記事を見つけました。
池田信夫 blog 「地球温暖化バブル」
こちらには私の言いたいことがすべて書かれておりました。
ただの地図屋として、リンクするのが恐れ多いです。

以下すべて引用。

『季刊AT』という雑誌に、槌田敦氏の「温暖化の脅威を語る気象学者たちのこじつけ理論」という論文が出ている。著者は著名な物理学者で、この原文は今年の国際学会誌に掲載されたものであり、トンデモ論文ではない。その主要な論点は、

  • 地球温暖化は、CO2蓄積の原因であって結果ではない
  • CO2濃度の上昇の主要な原因は、気温上昇であって人間活動ではない

ということである。くわしい論証は英文論文にあるが、その意味は図1をみただけでもわかるだろう。この図は過去22万年間のCO2濃度と気温変化(ΔT)とメタン(CH4)濃度を比較したIPCCのデータだが、ほぼ完全な相関関係がみられる。絶対的な気温でみても、現代より1000年前の「中世温暖期」のほうが気温が高く、最高気温は10万年前に記録されている。この原因が人間活動でないことは明らかである。


図1 過去22万年間のCO2濃度と気温(IPCC)

この相関をCO2上昇→気温上昇という因果関係と解釈するのが大方の見方だが、相関関係が因果関係を意味しないことは、統計学の初歩である。CO2が気温を上昇させるのか、気温上昇によって生物が増え、海水温が上昇してCO2の放出量が増えるのかは自明ではない。詳細にみると図2のように、気温の変動(実線)がCO2濃度の変動(破線)に数年先行している。このデータを計測したKeelingは、気温変化がCO2濃度変化の原因だと結論している。気温変化の最大の原因は、太陽活動や対流の変化である。大気中で最大の要因は数十%も含まれる水蒸気であり、0.03%しか含まれないCO2の影響は、通常は無視できる。


図2 20世紀後半の気温とCO2濃度

同じ趣旨の槌田氏の論文は、日本物理学会誌や気象学会誌にも掲載されたので、興味のある読者はウェブサイトを参照されたい。私は気象学の専門家ではないので、彼の説が正しいのかどうかは判断できないが、この問題はまだ論争中であり、学問的な決着がついていないことは明らかだ。

CO2の増加が温暖化の原因か結果かという基本的な問題についてさえ、このように議論のわかれる状況で、「温暖化サミット」だの「排出権取引」だのと騒ぐのは、あと10年もすれば、群衆的行動によるバブルだったということになるリスクが高い。少なくとも日本政府は排出権取引を採用すべきではないし、ポスト京都議定書の制度設計も、こうした科学的な疑問が解決してからにすべきである。

追記:対流の変化で、地球が寒冷化する可能性を指摘する論文がNatureに掲載された。槌田氏も、100年スパンでは寒冷化するリスクが大きいと予測している。これは凍死など、温暖化よりはるかに大きな被害をもたらすので、温暖化対策予算の1/100ぐらい寒冷化対策に使って、ヘッジしたほうがいいのではないか。

今日はこれまで。

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2008年5月 9日 (金)

超先進国家?通貨の流通しない国アイスランド

アイスランド共和国。
面積にして北海道よりちょっと大きいくらい、人口はわずか31万人程度というから東京では八王子市くらいの人口規模の独立国家。
ヨーロッパの西のはずれの離れ孤島。イギリスよりも西で、ノルウェーよりも北に位置する北大西洋にポツンと浮かぶ島国です。
国土の10%以上を氷河が覆い、「氷床」と呼ばれる内陸氷河は南極・グリーランド・アイスランドのこの3箇所でしか見ることはできません。まさに氷で覆われた島アイスランドなのです。
しかし、一方火山活動がさかんで世界最大の露天温泉もある、温泉大国。世界最大の暖流、北大西洋海流のおかげで冬の最低気温もマイナス3度程度だということです。
詳しくはウィキペディア外務省HPで。

地勢的にはプレートテクトニクス理論で知られる大陸を造るもとになるマントルが地殻にせり出してくる「海嶺」が地表に見られる(地表では「地溝」または「ギャオ」という)非常に珍しい地形をなしています。
そんな盛んな火山活動のおかげで生活に必要なエネルギーの70%以上を地熱か水力で賄っている世界最高水準のクリーンエネルギーな国なのです。
今では水素燃料電池を搭載したバスが首都レイキャビクで走っているとか。
アイスランドも日本と同様、化石燃料はほぼすべて輸入に頼っており、自動車などの普及で化石燃料の需要が上がりっぱなしという一方、その分クリーンエネルギーへの取組み方も並みではない。
ちなみにアイスランドの景気は非常に良く、銀行金利も先進国最高の15.5%に達しています。

GDPも右肩上がり、国民の平均収入もヨーロッパ第一位とか。軍隊ももっていない平和国家で、国内の治安も良い。それでもって国家財政も黒字続きという、まさしく超優良先進国家なのです。

それから、この国の凄いところが現金普及率(この言い方が正しいかは不明?)が世界最低なのです。
世界最低って?現金が流通してない国ってよっぽど経済が発展してないようですが、ところがどっこい超優良先進国家アイスランドでは現金がほとんど流通していないんです
アイスランドの通貨はアイスランド・クローネ。ちゃんと通貨はあるし、コインや紙幣も発行されています。
でもそれが流通してないってことは、お金はほとんど電子マネーかクレジットカード。普段は現金を持ち歩かないのがアイスランドっ子。でも子どもはカードが作れないのでお駄賃くらいのコインは持っているようです。
国内で流通するお金の80%以上が電子化されているようで、国家的には一日の経済状況がもの凄く把握しやすいという利点があるそうです。
ちなみに世界で最初に民主的議会アルシングをおこなったアイスランドですが、現在の議会は一院制だそうです。政策決定にもスピード感がありそうですね。

有名人では、ビョークとかシガーロスとか音楽関係で世界に知られています。

特に私はシガーロスが大好きです。ビョークも好きでしたが、昨今のチベット発言でそうでもなくなってしまいました。
アイスランドの曲は重厚感の中に癒しを感じる、力強さと優しさが混在する音楽でとても気に入ってます。
シガーロスのメンバー、ゲオルグはかつてのコメントの中で、アイスランドはどこの隣国からもすごく離れていることもあって、なんでも自分たちでやっていかなきゃいけないという意識が根底にあるそうです。なるほど、アイスランドの力強さと先進国きっての好景気ぶりの根幹にはそのあたりのアイスランド独特の地勢とそこに棲む民族の気質が関係しているのかも知れません。

とにもかくにも日本としてはいろいろ見習うべきところが多いアイスランドですね。

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2008年5月 8日 (木)

カーボンオフセットと京都議定書

ちまたでは「カーボンオフセット」などという新しい言葉を聞くようになりました。

カーボンオフセットとは自分が排出した二酸化炭素を、木の苗を買ったり、エコ事業を行なう団体に寄付したりして、別の場所で、別の形で二酸化炭素を削減することでその排出量を相殺し、実質的に排出量をゼロにする行為を言います。

つまり、自分は削減しないのに、誰かさんにお金を払って削減した気になるというとんでもなく無責任な制度です。

これは募金をして偽善者ぶる人よりもっと質の悪い行為ではないでしょうか。

というのは、金さえあればこれを理由にじゃんじゃん二酸化炭素を吐き出して良いという免罪符を買うようなものだからです。

これが極端になると金持ちはエネルギーをじゃんじゃん消費し、貧乏人は自分の爪に火を灯すくらいしかできなくなり、エネルギー格差が生じることになります。

これがさらに発展すると、金持ち大国はさらにエネルギーを消費し、金持ちになって環境技術も向上できますが、反面、発展途上国のような貧困国はエネルギーを消費できなくなり、ますます環境対策が遅 れてしまします。

これは非常に危険な制度だと思います。

そもそも二酸化炭素なんて金のかからない代物に、どうしてお金を払うのかわけがわかりません。

これを最初に考え出したのはイギリスらしいのですが、その後この考えはEU諸国やアメリカに一気に広 がりました。新しい金儲けを見つけたというところでしょうか?

そして、二酸化炭素に決定的に値段がついてしまったのが、気候変動枠組条約であり、その中でも京都議定書だともいわれています。

カーボンオフセットに遅れをとった経済大国日本は、それらの国々のカモにされたわけです。

1997年11月。京都で開催されたわけですから、議長国は日本です。

その内容は1990年を基準年として二酸化炭素などの温室効果ガス排出量を2012年までに数%削減するよう定めた世界の約束事です。

数%とは各国の経済状況によって目標値が決められましたが、ヨーロッパ諸国はこれを決める前から、目標値に達する勝算があったわけです。そもそも1997年11月に決めたのに1990年が基準に なること事態おかしいですよね。

しかし、日本には勝算があったわけではなく、カーボンオフセットの考え方に遅れていたため、これの対策が1997年11月から初めてスタートしてしてしまったのです。しかも議長国日本はこれを批准しないわけにはいかないという踏み絵を踏まされたことになり、二進も三進もいかなくなったわけです。

この条約には各国が削減目標に達しなかったり、目標より多く達成できると、そのプラマイ分を金で売買で きることになってます。つまり「この条約の批准国みんなで協力して削減しようね」という聞こえの良い制度にしておいて、ヨーロッパ諸国の腹の中は、これを達成できそうにない日本やアメリカからしこたま金をふんだくろうとしたわけです。

日本は決して環境技術が遅れているわけではなく、むしろ太陽電池や燃料電池などの新エネルギー開発では世界でもトップレベルです。しかし日本のこの劣勢ぶりは、1990年を基準年としたヨーロッパ諸国の計算の上になりたっているのです。

これは日本の政治家や官僚の国際競争力がないために、民間ががんばって開発してきた環境技術がまっ たく国益に結びついていないという、官が民の足を引っ張った最たるものだと思っています。

このままでは2012年には2兆円という膨大なカーボンオフセット金をロシアなどに支払うことになります。その金はもちろん国民の税金から支払われます。国民一人あたり、赤ん坊からお年寄りまで、1万6千円相当もの負担になります。そもそも二酸化炭素なんていうただのものに、そんな大金を支払うことになるのです。しかも何も買うわけではなく、日本人はまったく損をするだけ得るものはひとつもありません。

京都議定書を批准しなかったアメリカは、最後まで国益を優先したわけで、世界の嫌われ者になってもある意味賢明だったかもしれません。

ということなので、みなさん、カーボンオフセットなんかに大事なお金を払うことはやめましょう。

無論、たとえ嫌われ者になっても、私は一銭たりとも払う気はありません。

そもそも温室効果ガスは昨今の地球温暖化とは関係ないのですから。

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2008年5月 7日 (水)

温暖化って悪いの?(5)

一般的には温暖化の原因とは、温室効果ガスの増加が一番にあげられています。

私は昨日までのブログで述べてきたように、温暖化の原因の1番は地球と太陽の関係にあると思ってい ます。 しかし、温室効果ガスが原因でないわけではありません。

温室効果ガスがなければ地球は冷え切って、月や火星のようになってしまします。

大気が存在することが既に温室効果を生んでいるわけですが、温室効果ガスとして代表的なものには「 二酸化炭素」「メタン」「オゾン」などがあげられます。これに硫化窒素などが混ざり、強烈な温室効 果を生み出しているのが金星の環境です。金星では太陽に近いこととこれらの温室効果ガスが濃密に充 満しており、大気の温度がまったく下がらない状態になっています。

地球上では特に酸素が豊富にあるため、「オゾン」「二酸化炭素」が常に生成される環境にあります。 ご存知のとおり二酸化炭素は炭素が燃焼することで、酸素と結合し、生成されます。生物体内での呼吸のような緩慢な燃焼から、火山や山火事により大規模な燃焼で二酸化炭素は大気に放出されます。さらに海洋中からも放出されています。

この二酸化炭素は植物等の光合成という生産活動によって酸素と炭素に分解され、生物内のエネルギー 消費活動に再利用されることになります。

二酸化炭素は地球に入射した太陽熱を吸収し、宇宙に熱が逃げにくくなるようなはたらきをします。これが温室効果です。

オゾンは、酸素原子が3つバランスよく結合してできているため、100%酸素から生成されます。

地球上でオゾンがもっとも生産されている場所は雨雲の中で、酸素中に荷電がかかる、つまり雷が発生すると酸素はオゾンに再結合され生成されます。オゾンは空気より重いはずですが、大気圏上部に「オゾン層」という極めて薄いオゾンの膜を形成することが知られています。 このオゾン層がビニルハウスのビニルのようなはたらきをし、温室効果をもたらします。

オゾンはそれ だけでなく、宇宙放射線や紫外線などの生物にとって有害な光線を軽減してくれるはたらきがあること も知られています。

いずれにせよ、温室効果とはビニルハウスのような環境であり、温室とは暖かい気温を安定させるために作られるわけですから、地球に棲むすべての生物は「温室育ち」というわけです。 「温室育ち」とは世間知らずを揶揄した言い方ですが、地球外の環境をほとんど知らない我々にはぴっ たりの言葉のように思います。

温室効果ガスがなければ地球上には生態系も育たず、人間も生まれていないでしょう。これは自明であり、温室効果ガスは悪者では絶対無いのです。

二酸化炭素であれ、温室効果ガスを人為的に増加や減少させてはならないのです。昨今、二酸化炭素の削減が声高に叫ばれていますが、あまりに滑稽です。

人為的な削減の前提として、人為的に増加させてきたという反論があるでしょうが、二酸化炭素を人為的に 増加させたと誰かが言い出しただけで、その証拠はどこにもないのですから。あるのは事実として二酸化炭素濃度が人間の知る限り増えてきているようだという状況証拠だけで、人間様が増やした証拠はどこにもありません。(私は前回までのブログのとおり、この原因は太陽活動と思っています)

いずれにせよ、人為的に増加や削減ができるわけがないとも思っていますが。

とにかく、私は温室効果ガス削減運動には断固として反対します。

人間活動によって増えも減りもしなのなら反対もしないでもいいんじゃないかって思いますが、その理由は次回以降に触れていきます。

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2008年5月 6日 (火)

温暖化って悪いの?(4)

今日は逆に寒冷化したときのことを取り上げたいと思います。

寒冷化すると、温暖化のときと同じか、より酷いことが予想されます。

1.寒冷地が拡大し、居住地が不足する。

2.作物の栽培可能地域が減少し、食料不足に陥る。

3.暖房のためのエネルギー需要の増加によるエネルギー不足。

4.氷河や氷床・凍土の拡大、不凍港の増大、流氷の増大に伴い、生活範囲や経済活動に支障をきたす。

他にもおそらく地域的には降雨の減少による砂漠化や、海面の後退による珊瑚の死滅、海水温低下によるエルニーニョやラニーニャ現象の増加とそれに伴う異常気象現象などが考えられます。

どれをとっても温暖化に負けず劣らず恐ろしい現象ですね。

温暖化・寒冷化 どちらにしても現在の安定した気温から変化することはある程度の生態系へのダメージや砂漠化、異常気象、エネルギーや食料問題が起こることになります。つまりは人間活動に多大な影響を与えます。

これは地球と太陽やその他の天体。つまり、地球と宇宙の関わりによって、地球上に現れてくる現象であり、人間活動によってどうこうとなる脆弱な現象ではありません。

「地球の環境は脆弱だ」という言葉をよく耳にしますが、これはミクロな視点の話で、宇宙にまで視野を広げた「環境」は想定されていません。

宇宙と地球環境との関わりは例えば生物内のDNAにも見られ、生物内のアミノ酸にはDNAが宇宙放射線で損傷した場合にはそれを修復するプログラムがあります。地球上の生物は太古から宇宙放射線という強烈なエネルギーと戦うことで進化してきた歴史があり、この繰り返しが地球という生態系を形成しています。

したがって、地球の生態系は全体としてみれば強固なものであり、脆弱ではないのです。ましてや何度も言っていますが、人間が温暖化させたり、それを防止したり、そんなどうこうできる問題ではないのです。

話がそれましたが、温暖化 vs 寒冷化はどちらも恐ろしいものですが、そういうことですから自然現象として受け止める必要があるのです。

個人的には、寒冷化は居住地が限られてくるという辛さがあり、温暖化は暖かくなるという牧歌的な響きがいいので、温暖化歓迎です。でも寒冷化してもエネルギー問題、食料問題を解決すればどうにななるでしょうし、温暖化もそれに見合った対策をすれば良いのです。人類の英知の下、これからおこる6000年ぶりの不安定な気象現象に立ち向かわなくてはなりません。

そう、つまり温暖化対策はとは、エネルギー問題、人口問題、食糧問題のことで、温暖化そのものを防ごうなんてことに時間と資金をつぎ込んでもなんにもならないのです。

なぜ政治は「温暖化」を防止しようとしているのか?わけがわかりませんが、次回からはそのあたりのことにも触れたいと思います。

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2008年5月 5日 (月)

温暖化って悪いの?(3)

温暖化の原因が二酸化炭素だとされ、世間では二酸化炭素を出す行為がものすごく悪いことのように言われています。

しかし先のブログで述べたように二酸化炭素は悪くないし、温暖化も対して深刻とは言えません。

世間では温暖化になると下記のような悲惨な状態になることが言われています。

1.海面上昇が起こり、都市や国が水没する危険がある。

2.生態系が変化し、疫病が蔓延する。

3.生態系が変化し、農林水産業が立ちゆかなくなり、食糧危機がおとずれる。

4.異常気象により大規模な風水害が起こる危険がある。

う~んどれも恐ろしいですね~。

でも1については、IPCCの報告では向こう100年で最大でも59cmとされています。そんなんで都市や国が水没するのでしょうか?

大潮や干満でもそれぐらい海水が上昇しそうですが、そういう対策は現在でもしていますよね?

でも100年間で水面が上がるのをボーッと眺めていたら水没するかもしれませんね?ってこれ深刻かなぁ?

地球の歴史上、縄文海進とかではもっと海面が高かったけど、縄文人はあんまり危機とは思ってなかったと思いますよ?あくまで推測ですが。

で2は?人類はずーっと微生物やらウィルスやらと戦ってきました。そしてペストやスペイン風邪など大流行して人類が危機に瀕したことは歴史上多々ありました。

というだけです。確かに恐ろしいですが、雷にあたって死にたくないから雨の日は外を出歩きたいないーっという危機感と同じです。

3も家畜や作物の病気を想定すれば同じことです。

それから地球はずーっっと同じ場所が同じ生態系だったなんてことはありません。常に生態系は変化しています。その変化に生き残れたものが進化を繰り返し、人間を含めた今の生態系を維持しているわけです。

ただ食糧危機は人口問題と絡むので、別の議題ですが、深刻なことは深刻です。またそのうちこのネタにも触れたいと思います。

4は特に最近「異常気象」ということを良く聞きます。

人間様が自然を観測しだして100年そこらです。地球は46億年です。

てことは1/46,000,000のデータを見て異常かどうか判断しているわけです。

4千6百万回宝くじ買ったらさすがに一等でもあたりそうですね。

地球科学的にみれば異常なことは起こっていません。人間の記録にないだけです。

極端な話をすれば1995年の阪神大震災ですが、あれくらいの地震は六甲山系では何千回と繰り返し起こっています。1000年に1回1mずれる地震が起こるとすると、単純計算で60万年で六甲山の600m級の山ができます。

地球の時間の単位とはそういうものです。

だから私は「異常気象」という言葉にも違和感をもっています。

まあ、地球が前代未聞の安定期を終えて不安定期に入っているとすればこの6000年間で起こらなかった気象現象が起こったとしても不思議ではないですね。

そう思ったら温暖化なんて怖くないって思いません?

では続きはまた明日。

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2008年5月 4日 (日)

温暖化って悪いの?(2)

昨日の続きです。

地球の気温が上がれば海洋中の二酸化炭素が放出され、大気中の二酸化炭素濃度が上がります。理論上はこれでは地球はさらに温暖化してしまいます。
でもそれで温暖化しまくって生物が壊滅するといったことはこれまでの地球史上には起こっていません。
不思議ですよね。
不思議ですが、これが地球の神秘であり、人間ごときがどうこうできる問題ではないのです。
例えば地球は一日で何度の温度変化をしますか?
最近でも昼間は既に夏日の気温25度前後まであがり暑いですが、夜には15、6度の肌寒い気温になりますよね。なんと一日で10度前後も気温が変化するのです。乾燥帯に行けばその変化はさらに甚だしくなります。
人間活動によって地球の平均気温が上がっていると言ってもそんなに気温が前後することは有り得ません。

大体地球がたった一日太陽から浴びている熱量を人間様が作り出すには、今の経済活動の300年分といわれています。

つまり人間が作り出すエネルギーは太陽のエネルギーに比べれば微々たるものなのです。
ということで私の理論ですが、地球温暖化は太陽によって引き起こされると考えています。
人間の活動なんてまったくといってもいいくらい関係ありません。
地球の歴史的にみれば今は長い安定した温暖な間氷期が終わり氷河期に向かっているそうです。
つまり地球の気温は不安定な時期に入ったということ。

ここ6000年間は地球史上で異常なくらい最も安定した時期だとも言われています。

たぶん、そのうち寒ーい冬が何年も続くようになって、温暖化ってどうなったの?とか、人類一丸となって温暖化対策した結果だね?とか言い出す人も出てくるでしょう。

その代わり温暖化より寒冷化の方がよっぽど悲惨だと思います。

明日は温暖化 VS 寒冷化で書いてみます。

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2008年5月 3日 (土)

温暖化って悪いの?(1)

たぶん世の中の通念というか、常識からすると、これから私は非常識なことを書きます。

私は寒いのが苦手です。冬が嫌いです。雪は見たくもありません。

暑いのが好きです。蒸し暑いのって結構得意です。もちろん夏が好きです。

だから温暖化は大歓迎です。

地球が温暖化して雪がふらなくなって日本が常夏・常春になったらいいのにと本気で思っています。

思うのは自由ですよね?

でも地球はそう簡単に温暖化したり、しなかったりはしません。

私の見解ですが、地球は確かに今、温暖化の傾向にありますが、それは人間活動とはほとんど関係ないと思ってます。

これは学生時代、地理学に身を置き、地球科学を学習してきたからそう思えるのです。

専門は自然地理学、特に海岸地形学でした。

科学的に温暖化を見てみれば、現在世の中で取り上げられているほど地球の温暖化が深刻とは到底思えません。

とある議員ブログに「思うに私たちにとって、三つの危機がある。(1)温暖化(2)資源枯渇(3)そして生態系の破壊である。」と謳う方がおられましたが、1番目に温暖化を持ってくるほど切羽詰っていませんし、むしろ食料危機の方が切羽詰まった問題と思います。

温暖化が切羽詰まっているのはまさしく政治的な問題で、温室効果ガス排出基準を定めた京都議定書の約束事を日本が守ることができない状態にあるからで、温暖化がすぐさま大変なことになるわけではありません。

そもそも温暖化と温室効果ガスの関連性はそれほど明白ではなく、随分以前から大気中二酸化炭素の濃度は地球の平均気温の上下の後を追う形で増減していることが指摘されています。

これは太古の昔も現在でも同じ傾向にあります。つまり二酸化炭素が増えるから気温が上がるのではなく、気温が上がるから大気中二酸化炭素濃度が上がるのです。

これは気体の溶解度という非常に初歩的な化学の知識で説明できます。

気体は気温が高ければ高いほど液体に溶けにくくなります。地球の表面積の7割を占める海洋にどれだけ二酸化炭素が吸収されているかは、森林のような陸上植物による吸収量には比べものにならないくらいです。

二酸化炭素が最も固定化されるのは深海の深層水だったり、氷床だったり、海洋生物だったりしますが、これには学説が分かれるのであまり言及しませんが、とにかく二酸化炭素は最も海に吸収されるのです。

とりあえず長くなりそうなので続きは明日に書きます。



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2008年5月 2日 (金)

奈良県どうなってるの?「せんとくん」に思う

2010年は奈良の都が、藤原京から平城京に遷都されて1300年にあたる年です。

奈良県では「平城遷都1300年祭」を開催すべく、昨年あたりからいろいろなイベントやプロフィール活動をすすめているようです。

そこで問題になっているのがこの平城遷都1300年祭のマスコットキャラクター「せんとくん」

「かわいくない」だの「気持ち悪い」だの「仏様を想起させるので不謹慎」だの、確かに違和感のぬぐえないキャラクターです。

まあ、デザインなんて人それぞれにとらえ方があって当然と言えば当然なんですが、私も個人的には正直ひどいデザインだと思います。

つい昨年のことですが、滋賀県彦根市では彦根城築城400年祭というものを開催していました。ここで使われたキャラクター「ひこにゃん」がかわいいゆるキャラで地方公共団体が主催したキャラでは異例の大人気になり、関連グッズも良く売れたということです。

おそらく奈良県にもそんな思惑があったのでしょうが、このデザインではどうしようもないような気がします。ただ話題作りに関してだけなら、ひこにゃんを既に抜いているかもしれません。

これを生み出した人は東京芸大教授の藪内佐斗司先生というお方だそうですが、この方についての予備知識がないので、とりあえずおいといて、問題はこのキャラクターが決定した過程に問題が大ありだと思います。

まず一般公募しなかったこと。平城遷都1300年記念事業協会事務局という奈良県庁内にある組織がすべてを決めたと言っても過言ではない決め方で、一般的に知れ渡ったのが、このキャラクターができて「愛称募集」という段になってからのことです。

実際には大手広告代理店3社を経由し、12名のデザイナー、21作品の提出があり、学識経験者10人が選考にあたったそうですが、これらの課程が明らかになったのも事後報告ですし、奈良県民にとっては密室会議で多額の税金を投入してこんなものを作られたのだからたまったものではないという印象はぬぐえないと思います。

初めから一般公募すればもっと安く、いいキャラクターができたような気がしますが、これは結果論なのでやめときましょう。

とにかく、私の個人的な見解ではひこにゃんの時にもあったように、キャラクターの著作権問題をおそれて、出所の明らかな人による出所の正しいキャラクターである必要があったのではないかなと詮索せざるを得ません。

つまり事後の心配事と主催者の責任逃れが、端からあった産物が「せんとくん」だったのではないでしょうか。

それから「せんとくん」という愛称も公募の中から337件もあった最多数の名前に決定したことも責任を希薄にしたがる性質が動機になっているような気がします。

仏様ではないのに聖人を意味する「セント」であり、国際的にも言いやすいことがとってつけたような選定理由になっているようですが、はっきり言ってもうボロボロの状態というかヤケクソだと思います。

実は私も愛称募集で応募した一人です。

その応募用紙にはいろいろ文句も書きましたが最後に「万が一、この名称が採用されてもキャラクターの再考が行われない場合は、採用を辞退いたします」と付け足しました。

それくらい私は「せんとくん」がこれ以上(世界に?)世に出ないで欲しいと願ってやみません。

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2008年5月 1日 (木)

暫定税率と暫定2車線

いよいよ暫定税率が再引上げとなりました。

もう何が暫定なのかよくわかりません。

道路特定財源にされるのか、一般財源化されるのかはまだわかりませんが、同じ日に「買収4車線も建設は2車線、高速道の2000kmで」という記事を見つけました。

高速道路は「国土開発幹線自動車道建設法」いわゆる国幹法というやつで建設の可否が定められています。

この法律に則って建設される路線がいわゆる高規格幹線道路というやつの一部で、高規格幹線道路は、どうしてか、どうしても1万4千キロ作らないといけないことになってます。

そんなこんなでいけいけどんどん作ってしまった結果、道路需要の見込みの甘さ(というより確信犯なんでしょうが・・・)で、4車線分の用地を買収したのに、通行量が伸びず4車線化の目処が立たない路線が、なんと2000km以上もあるそうです。

高速道路の用地なんてほとんどが山林なので、今更道路を造らないからといって売却するわけにもいかず、いったいどうする気なんでしょう。国鉄整理事業のときの教訓はなんにも生かされていないというか、国鉄はまだ町の中の土地だったからマシな方で、高速道路の山林の用地はなんとも利用のしようがないように思います。

ところで地図屋の仕事では道路マップを作る機会は少なからずあります。

とくに高速道路の表記では「暫定2車線」という表示方法をよく使います。この「暫定2車線」とは現状は対面の片側1車線通行でも、いつかは上下で4車線の路線になりますということで、政令上は4車線で事業がスタートしたものをいいます。

というか私の知るかぎりでは現在の高速道路はすべて完成型は4車線以上であり、現況2車線の高速道路はすべて暫定2車線であるはずです。

いつ解除されるとも見込みのない「暫定」がここにも使われています。「暫定」の「暫」は「しばらく」と読みますが、どうやら国のお役人は「暫定」とは「いつまでも」とか「半永久」というときに使う言葉だと思っているようです。

はたして今度の、半永久的に続きそうな暫定税率によって暫定2車線が新たに解除されることになるのでしょうか。はたまた暫定2車線は民営化した高速道路会社に責任を押しつけられたまま「半永久2車線」となってしまうのでしょうか。

どちらにしても国民は「暫定」という言葉にだまされたことになりますね。

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