経済・政治・国際

2009年10月16日 (金)

国債発行せず埋蔵金を発掘せよ!

早速、新政権から国債発行の意向が流れ出してなんだか期待はずれでガッカリですね。

財源としていた埋蔵金はどうしたのでしょうか?

予算の削減や絞り込みを官僚上がりの事務方のやらせては結局こうなることは目に見えていましたが、なかなか官僚の抵抗も厳しいということでしょうか。

大臣が直轄で埋蔵金を発掘するならまずあらゆる公益法人への金の流れを断ち切るところからやる必要があるのではないでしょうか。

一説では天下り先となる魑魅魍魎の棲家である政府系公益法人に年間に12兆円流れているそうです。

ほうらこれって埋蔵金ですよね。今年の税収不足は早速これで解決。国債も発行せずにマニュフェストも実行できそうです。

それでも間に合わなければ国家公務員の賞与をゼロにすればよろしい。民間の特に中小企業は賞与を見送りもしくは支給なしとするところが50%を超えている現状。税収が大幅に減ったシンガポールの公務員はボーナスゼロとした英断を見習うべきです。日本政府が既に破綻状態であることはIMFも認めているところなのです。民間企業であれば赤字決済をした会社で働く社員はどんなに個人個人が悪くなくてもボーナスはゼロなのです。文句があれば転職するか、再起をかけて会社と心中するか、組織を出るも残るも地獄をみるものです。

国家公務員のボーナスをゼロにすると、私がいい加減に試算したところ、おそらく2兆円ほど歳出が削減できます。これって消費税を2%上げるのとほぼ同じ効果があります。

これも高度成長に合わせて公務員賞与を吊り上げてきたお釣りということで、税収不足時には切り崩すべき埋蔵金ですよね。

とにかく、以前の小ブログにも書いたように政府系のノンワーキングリッチから搾取された税金を国民に戻すことが鳩山新政権に期待されている改革なのです。

国債を発行することは、問題を先送りにするだけで、将来子どもたちに借金を負わせることになります。そんな借金で子ども手当てなんかもらったって嬉しくもなんともありません。

霞ヶ関埋蔵金を切り崩すからホドコシが嬉しいわけですし、本当の意味で「政治を国民に戻す」ことになるのです。

財源が国債発行なら自民党でも誰でもできますよ鳩山さん!!

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2009年9月 9日 (水)

仮想水 仮想耕地 仮想資源 「水戦争は起きない!!」

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水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まった (柴田明夫著)

2007年に発売された本なのでもう随分情報は古くなっていると思いますが、内容は非常にわかりやすく、食糧問題のひとつの側面を鋭く切り取った良本のひとつだと思います。

水戦争の「水」とは仮想水のことをさします。

仮想水

仮想水(かそうすい、virtual water)とは、農産物・畜産物の生産に要した水の量を、農産物・畜産物の輸出入に伴って売買されていると捉えたものである(工業製品についても論じられるが、少量である)。ヴァーチャル・ウォーターともいう。

仮想水は、乾燥地帯に位置する中東の産油国諸国で水利権を巡る紛争が起きない理由に関する考察から提唱された。これは、石油の輸出で得られる外貨で食料を輸入することで、その生産に投入された水をも間接的に購入したものと解釈できるからである。水自体の輸送は多大なコストを要するため現実的ではないものの、その最終産物を輸入することで同様なことが現実的なコストで実現できているという効果である。この理論を打ち出したのがロンドン大学のアンソニー・アラン(Anthony Allan)である。      -Wikipedia-

最近この本を読んでふと思ったことです。

仮想水という言葉も、その概念もなんとなく知っていましたが、よくよく理解してみると、それなら我々が日々輸入して食している食べ物を作るため、どれだけの水が使われているのだろうか、と同時に、どれだけの耕地面積が必要であり、どれだけの燃料や肥料などの資源が使われているのだろうかと思ったわけです。

もちろん水という要素は食物を生産する上で非常に重要です。しかし、同時にそれを耕作する土地と、耕作機械を動かす燃料や化学肥料は必ず必要になります。つまり、土地と資源も水と同じく自国で使用したと同じだけの仮想をしなくしてはいけないはずです。ちなみに食物の輸送に必要な燃料についてはフード・マイレージという別の指標が出てくるので今回は省きます。

それらを私は「仮想耕地」「仮想資源」と呼びたいと思います。これらで検索してもこのような言葉が存在しないことが信じられないことなのですが、非常に重要な考え方だと思います。

しかしそんな重要な考え方を、仮想水を発見したロンドン大学のアンソニー・アラン氏も気づかなかったのでしょうか?というより、ここが重要なのですが、私のような小市民の地図屋が思いつく程度の単純な問題が、世の中で取り上げられないことに「水戦争」の欺瞞があると思います。つまりこういうことです。

「仮想耕地」としての土地は国境を越えて売買できない固定資産であること。「仮想資源」である化石燃料や化学肥料である燐鉱などは既に先物市場で取引されているということ。ということは現在、取引対象でなく、しかも国境を越えて取引可能である「仮想水」に値段をつけることによってひと儲けしようする輩らがいるということです。

わたしはこれには値段のない「カーボン」という名のCO2排出権に値段をつけた連中と同じにおいがしてなりません。

化石燃料、希金属の次にくる投資合戦が「水」だというようなことを時々聞くようになりましたが、これにのせられてはいけないのです。

いくら希少であっても、限られた資源であっても値段のついていない「仮想水」を取引対象にすべきではありません。作物を売買するのは、当たり前のことで、水だけ特別扱いするべきではないのです。人類が発展しようがしまいが排出され、縮小するCO2の量を取引対象にした愚行を繰り返すように、取引しなくてよい、目に見えない「仮想水」を取引することは市場経済を拡大させるかもしれませんが、その富はますます一部の人に偏ることになるだけで、なにも知らない庶民はますます搾取されていくことになります。

逆に「仮想水」を売買するのであれば「仮想耕地」も「仮想資源」も「仮想人件費」も「仮想日照時間」も「仮想空気」も売買してしかるべきです。しかしそう考えていくと「あれ?それって、もともと商品の代金に含まれているんじゃないの?」って思うわけです。もしくは「そんな代金までとるの?」になるでしょう。

つまり元々いらないお金を二重取りしようという構造に気づくはずです。自治体の有料ゴミ袋と同じです。税金払っているのに、今までいらなかったのに、いつのまにか二重料金をとられているという巧みな搾取スパイラルに陥ってしまいます。

「仮想水」今後の動向にゆめゆめ注意していきましょう。

そして私はだまされること無く、搾取されないように「水戦争は起きない」と声高に主張していこうと思います。

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2009年9月 1日 (火)

ノンワーキング・リッチ改革   -新政権への期待と不安-

ついに民主党の政権となりました。
おそらくこれから公務員への締め付けは厳しくなり、公約以外の行政サービスが著しく低下するものと思われます。
例えば、私のなりわいとする地図調製の仕事など広報業務に関する分野には予算が回ってこないだろうと予測されます。地図屋としてもいつまでも公共事業にぶら下がっていては生きていけません。

ところで民主党のいう「税金のムダ使い」が何を指しているのか今もって具体的にわかりません。私が思う税金のムダ使いのほとんどは公務員の人件費だと思ってます。何故なら、どんな無駄遣いであっても税金を使うことはその効果は別として、これは行政サービスなのです。無駄と思われる道路も一度走れば、あるいはその道を通ってきた品物を買えば、税金は行政サービスとして還元されているわけです。しかし、公務員の人件費はそうではありません。人件費は直接公務員の懐に入るわけですから、ここを払いすぎると即時に税金が損なわれたことになり、つまり本当の意味の無駄遣いとなります。そこにメスを入れない限り本当の公務員改革にならないと思います。
具体的には「ノンワーキング・リッチ」と呼ばれる人達で、ろくに働きもしない人間に年収1000万を超えるほどの高給を与えなければいけない現象またはその人のことをこう呼びます。
これは「ワーキング・プア」より根が深く、また社会的に悪性の強い問題です。
特に悪性が強いのは、公務員や準公務員の中にこような人がいる場合です。現在のように税収が減り、予算が限られてくると、ノンワーキングリッチは組織の限られた資源を食い尽くし、まともに働く働き手の意欲までもを奪います。
またノンワーキングリッチという地位に人材を囲われており、優秀な人材も充分な地位と給料が与えられず、人材の流動性が損なわれ、結果組織全体の力を減退させることになります。

民間の場合にももちろんノンワーキングリッチは存在します。彼らはもしもの場合の重大な責任を担い、また組織における重要な意志決定を行うことで、リッチたる組織内の影響力をもっています。しかし民間なので、リッチに見合う働きがなければ株主総会によってその地位は剥奪されますし、何より民間の場合は自分たちで稼いだ金なので、誰にいくら払おうが自由だし、また株主にとっては自分たちの出資した金なのであまり横暴なことはまかり通りません。

民間のノンワーキングリッチを最大化させているのが、派遣労働者だということがよく言われます。民主党は製造業への派遣労働の禁止を公約のひとつとしていますが、果たしてこれでノンワーキングリッチを改革できるかというそうではなく、ワーキングプアを解消できるかといえば、やはりそうではないです。労働市場は既にグローバル化しており、大手製造業は既に海外の製造拠点をもっており、日本の産業がますます空洞化し、日本の労働市場がますます狭小化脆弱化していく一方だと思います。そもそもこの改革では、一番問題の中心である公務員のノンワーキングリッチを排除できません。

公務員や準公務員のもらう給料は、もちろん国民が税という形で信託した国民のお金です。しかし、それを内規や法律で合理的に都合よくすることで大して仕事も責任も影響力もない職員に高額な報酬を与える制度をまことしやかに作ってしまったわけです。
現在この制度は高給を貰えるほんの一握りの公務員には都合のいい制度ですが、それ以外の公務員や日本全体から見ると悪性腫瘍のようにひどく悪い状態です。時には「天下り」や「わたり」という形で世の中の明るみになりますが、それはほんの一部で、すべての省庁・地方公共団体に「公益法人」というかたちでぶら下がって税金をがぶ飲みする準公務員のノンワーキングリッチの数を思うとぞっとします。彼らには日本の財政の健全化のためサッサと退いてもらわねばなりません。

大阪府の橋下知事もこの改革に随分苦労されているようです。しかし大阪が良い例ですが、ノンワーキングをなんとかしない限り、大阪府もろとも財政債権団体となり果てることになるのですから、国の改革もここにメスを入れない限りは小手先だけということになります。先日、総選挙後の会見で橋下知事が「財政再建とはこういうことだと教えてあげたい」というようなことを言っていましたが、多くの府職員の反感を買いつつ、職員の給与や賞与もカットしながら、府財政を黒字化までもっていったことは、大阪府民として私は評価しますし、府の職員も文句を言うより知事に感謝するべきだと思います。

また議員制度の改革も公約に入っていたと思いますが、一番人件費のかかる高給取りは議員そのものであることを忘れてはなりません。

私は個人的に議員の数を減らすことはあまり感心しません。数を減らすと民意の反映が損なわれるので、数を減らすより給料を減らすことが一番だと考えます。一番良い例が福島県矢祭町の例で、議員給与を日当制にするのです。そうすれば先日の総選挙で当選し、8/31から国会議員になった議員給料を、1日も働いてないノンワーキングのくせに8月分から全額支給するような税金の無駄使いはなくなるはずですし、これまでの野党の常套手段のように重要審議に欠席して議論しないという議員に対しても、出席しないなら給料あげないということができるわけです。

国会議員のことをノンワーキングだとは言いませんが、少なくとも国会に出ない議員には議員報酬はいらないでしょう。国会議員は会期以外でも活動をしないといけないことはよくよく知っていますが、それをいうなら議員は議会以外でもいろんな手当てや報酬や特権がありますよね。それもホントに必要なのかどうか精査が必要でしょう。

とにかく税金の一番の無駄使いであり、聖域として踏み込みにくい分野でもあり、既得権者や組合が最も強烈に反発するであろう公人の人件費に何がなんでも改革のメスを入れて欲しいものです。

民間企業、とくに中小企業は自分たちの給料を削りながら税金を納めているという現実があります。今夏、大阪の中小企業はボーナス支給なしが40%を超えているのです。そんな中でボーナスを満額もらえる公務員がいる事に、街では怒りがあふれているわけです。

これが今回の総選挙の民主党大勝の引き金になっていることは否めないでしょう。

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↑ボーナス支給企業の割合(出典:大阪市信用金庫)

とにもかくにも私は新政権を歓迎します。

行政サービスが悪くなってもこれは改革なんだと、今度こそはみんなで痛みを分ち合う気持ちでいようと思います。だから本当の意味での改革を期待していますし、埋蔵金の原資の一部にこのノンワーキングリッチの人件費が含まれていることを心から期待します。

清く正しく働く者が働いた分だけの報酬を得られる社会になることが人類史上普遍の願いであるはずです。

私も切にそう願います。

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2009年7月18日 (土)

2年後にテレビは終焉するのではないか?(2)

さて昨日の小ブログの続きです。

総務省の「地上デジタルテレビ放送のご案内」に突っ込みを入れて、如何に地上デジタルテレビ放送が庶民にとって費用対効果がないのかおもしろおかしく見ていきたいと思います。

「ゴーストがなくなります!」

画質の良さより番組の質の良さを求めます。ゴーストなくすためだけにチューナーを買うのですか!?

 

「デジタルハイビジョンが楽しめます!」

あれ?ハイビジョンってアナログでもなかったっけ?これも画質を求めてなかったら何のメリットも感じません。

 

1チャンネルを分割して2~3番組の同時放送も可能です!
・・・例えばスポーツ中継の延長時などに、メインチャンネルで時間通りドラマを放送しながら、サブチャンネルでスポーツ中継を引き続き楽しむことができます。」

個人的にはそこまでスポーツ中継もみないし、ドラマもレギュラーで見ているものはありません。そういうのが見たい人は既にスカパーやWOWOWに加入してるんじゃないでしょうか?そういうのに加入している人や私のような人には費用対効果はありませんね。

 

字幕放送が楽しめます!

・・・地上アナログテレビ放送の場合は、特別なアダプターが必要でしたが、デジタルテレビ放送では、受信機の標準機能として字幕放送を楽しむことができます。・・・」

→地上アナログテレビ放送の場合は、特別なアダプターが必要でしたが、デジタルテレビ放送では、特別なチューナーが必要です。に訂正しましょう。つまり結局費用負担は必要です。なにもメリットなし。むしろ今までその特別なアダプターを必要としていた人には二重の費用負担ですね。

 

「いつでも、ニュースや天気予報などの情報が見られます!」

はい。インターネットでは既にその通りです。というか既にニュースや天気予報はテレビでは見なくなってますけど。

 

「クイズやアンケートなど番組への参加が可能になります!」

昨日のブログでさんざん突っ込みました。

 

「電子番組表(EPG)で、当日から1週間先までの番組情報が見られます。」

既にインターネットで利用しています。最近は番組表を見ても見たいテレビ番組がなくて・・・。

 

「5.1chサラウンド」

これも音の質より番組の質の問題です。お笑い番組を5.1chで見るとより面白いのでしょうか?確かに名人芸のオール阪神巨人のボケツッコミは四方八方から5.1ch並みですね。

 

携帯などで地上デジタルテレビ放送が見られます!

・・・特に緊急災害時には、電話が混み合ってつながらない状況でも、避難経路や安否情報などを受信できるため、重要な情報端末となります。」

そうか!確かに緊急時に屋外でテレビが見られるのありがたいです。う~ん、唯一のメリットかも。・・・あれ?じゃあテレビ買わなくても携帯買えばいいのか?

 

多様なサービスを実現
現代の生活のなかで最も身近な「テレビ」もテレビのデジタル化によって、今までにない多様なサービスを実現します。」

なぜインターネットがあるのにそこまでテレビにこだわるのかわかりません。既に若者の間でテレビが「最も身近な」存在であるのかさえも疑問です。私の最も身近な通信は「iモード」でしょうか。多分、今の若者はテレビ見る時間よりも携帯画面を見ている時間の方が長いと思います。

 

「電波の有効利用
電波は、もう、目いっぱい使われています。
デジタル化すればチャンネルに余裕ができます。」

総務省のウソツキ!これ、「電波利権」で読みましたよ。ものすごい低効率で電波帯域を浪費しているって。池田信夫先生のブログに「電波が日本一混んでいる渋谷でさえ90%が空いていた」と一目瞭然の表をつけて書いてありました。

 

「世界の潮流」

これも最近池田信夫blogで読みました。「地デジ(ISDB-T)も、日本以外ではブラジルとチリだけで使われる「南米規格」である。」だそうです。どうやら世界の潮流からは弾かれたようです。南米ではNHKが強いからいいのかな?どちらにせよ庶民のテレビの買い替えとは関係ない話ですね。

 

情報の基盤地上
デジタルテレビ放送対応テレビをネットに接続し、より多くの情報を得ることができます。テレビをデジタル化することで、誰もが情報通信技術の恩恵を受けられるような社会にすることは国の重要な未来戦略であり遅らせることのできない施策です 」

最後にちょっとだけ国の本音が垣間見られる文章です。「遅らせることのできない施策」はメンツの問題でしょうか?「国の重要な戦略」なのにテレビだけ優遇するのはどうしてでしょう?既に携帯電話形式のガラパゴス化は国の重要な戦略としては失敗しているように思うのですが、テレビも同じ轍ではないのですか?と突っ込みたくなります。「誰もが情報通信技術の恩恵を受けられるような社会にする」手段としての地デジなら庶民の費用負担は納得できません。だって費用負担しなかったら地デジが見れなくなって恩恵が受けられなくなるのですから「誰もが」では既にないですね。こういうのを論理的破綻というのではないでしょうか。

とにかく総務省の説明では庶民の費用負担に対する費用対効果が何一つ示されていません。とにかく地デジになるから買い替えなさいということだそうです。買い換えたくない人はテレビを捨てて、ついにテレビ時代に終焉を迎えることになりますね。

少なくとも私の家庭では2年後にはテレビを見なくなります。テレビ番組は劣化しているし、NHK代も節約したいし、パソコンも古くなってきたのでWindows7の定着する来年あたりに買替えたいし、テレビごとなくしてすっきりさせたいし、アナログ放送の停止はテレビを捨てるちょうどいい機会です。むしろテレビの存在しない生活という新時代に少しワクワクしています。

そう思うと2年後のテレビ時代の終焉は、新しい時代の始まりでもありますね。

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2009年7月17日 (金)

2年後にテレビは終焉するのではないか?(1)

ちょうど1年前の小ブログに
3年後にテレビは終焉するのではないか?
と書きましたが、我が家の受像設備はまったく変わっておらず、相変わらず地上デジタル放送を受像することはできません。

私も地デジカよりアナロ熊を応援する一人です。

しかし、それにしても総務省は地デジ化の広報用DMを全戸配布したにも関わらず、そこには地デジ化することで我々がどのような恩恵を受けるのかまったく説明されていないことに怒りを通り越してあきれるばかりです。

庶民が地デジ対応テレビにウン万円かけて買い換える費用対効果がまったくもって不明なところが、庶民を地デジ移行に向かわせない要因のひとつであることに違いありません。UHF帯やVHF帯を空けると我々にどのような利益があるのか?地デジ放送そのものが我々の生活向上につながるのか?まったくもって語られません。いや語っているつもりでしょうが心に響きません。

デジタル放送のメリットなのかどうか、特徴のひとつとしては双方向番組による視聴者参加型のテレビ番組があります。

現在でもデジタルとアナログが同時に放送されるサイマル放送で、デジタル受信の人たちだけが参加できるクイズの回答や投票などが行われているのが私のアナログテレビでも見えます。しかし双方向に参加できなくて残念なのかというと、別にクイズに答えたくもないし、わざわざ番組の投票に参加したくもないので、というか正直めんどうくさいので、我が家のテレビがデジタルでなくて良かったと思うことがよくあります。

つまり「双方向サービスってこの程度なの?」って思うわけです。こんな双方向ではちっとも番組に参加している気分にもなりませんし、その番組がおもしろくなるわけではありません。一昔前の視聴者からの手紙で番組を作っていた萩本欽一のお笑い番組とあまり変わりないように思うのは私だけでしょうか。むしろその頃のテレビ番組の方が明らかに面白く、見ごたえがありました。結局は双方向が番組を面白くするわけではなく、面白い番組を作る制作会社やテレビ局の質の問題だということです。今現在行っている双方向番組は地デジでも葉書でもFAXでもEメールでも意見を返すスピードが違うだけで同じレベルの双方向番組で、決して次世代型ではなく、むしろ旧態依然型です。

個人的には関東地域で聞くことができるFM79.5MHz(通称ナックファイブ)の超人気番組「ファンキーフライデー」がもっともスピード感があり、参加型が実感できる、最優良双方向型番組だと思っています。そう、なんと前時代の放送方式とも思われるラジオ番組が双方向として最も面白いわけです。ますますテレビが必要なくなってきましたね。しかし、関西在住の私にはナックファイブを聞くことができないのが非常に残念です。地デジはどうでもいいので、FM電波帯域が全国区になればいいのに・・・と自分の都合のいいように考えてしまうのが人の性でしょうか。

さて、そんな双方向もデジタル放送を受信したからといって体験できるわけではないそうです。現在のアナログテレビに地デジチューナーを付けるだけは地デジは見れますが、双方向には参加できなということです。チューナーの中には双方向が利用できるものもあるそうですが基本的に、視聴者側のテレビからテレビ局に電波を飛ばすわけではないので、ケーブルTVやインターネット回線、電話回線など、なんらかのオンライン状態でないと双方向サービスは享受できません。でもそこまでするならインターネットでいいやと思いませんか。わざわざテレビを回線につなぐなら、地デジではなくインターネットTVにして、すべてのテレビ放映を全国区にしてしまえば話は早いのにと素人の庶民でもそう思います。技術的にはとっくに可能なインターネットTVを導入しないのは、全国区放送にすると各キー局傘下の地方局の存在意義がなくなり、巨大な放送コングロマリット(という言い方が正しいかどうかわかりませんが)が見事に崩壊することになるのでしょう。となると既に放送業界は崖っぷちなのかもしれません。その崖っぷちの崖の上に堅牢に立つための強力な土台が、電波利権というわけなのでしょう。これらすべて一庶民の素人考えですが、大きくは外れてないと思います。

そんなことを考えながら総務省の「地上デジタルテレビ放送のご案内」を読んでると突っ込みどころが満載なので、次回以降におもしろおかしく大阪人らしく突っ込んで行くことにしましょう。

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2009年5月29日 (金)

最後の1バレルの次のもの

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ちょうど昨年の今頃でしょうか?自動車税関連の暫定税率切れから再度戻された暫定税率の反動でガソリン価格が異様な高値を更新していた時期でした。昨年はガソリン価格の乱高下で町中のガソリンスタンドは淘汰され、高速道路上からはガソリンスタンドの撤退が相次ぎ、九州石油が新日本石油に吸収合併され、反面エクソンモービルは過去最高の売上を記録しました。

そんな折、なんとなく必然的にこの本にたどり着きました。

石油 最後の1バレル」ピーター・ターツァキアン著 ,東方 雅美 (翻訳), 渡部 典子 (翻訳)

原油採掘を世界の果てまで追い求める石油会社の現状を、鯨油資源としての鯨を世界の果てまで追い求めた19世紀末という、エネルギーサプライチェーン構造の大転換期に重ねて、原油依存社会のブレイクポイント(転換点)を憂慮した書籍です。
現在の社会が依存している原油価格は「軽質スイート」と呼ばれる加工の容易な原油であるという前提があり、この種の原油を産する油田は実はもうほとんど掘り尽くしてしまったということです。掘り尽くしたということは、もはや今までと同じ価格で石油をガブ飲みするわけにもいきません。すると、高くても我慢して石油を使い続けるか、導入コストを覚悟して新しい別のエネルギーに移行するかの選択に迫られることになります。

現在、石油は世界中で1日に8600万バレル以上消費されているといいます。これはオリンピック公式プールの5500杯分に相当する(「石油最後の1バレル」P20より)そうです。

実際にシェブロンの社員として石油採掘の最前線に立っていたという著者による、供給側の窮状は、他のどの経済書を見るより説得力があります。

今の石油採掘現場は砂漠の彼方か海底深くか、あるいは銃弾飛び交う無政府地帯か、とにかくまともな場所にはなく、それでも「軽質スイート」と呼べる良質の原油に出会うことは稀だという現状です。

そうすると精製にコストがかかっても「重質サワー」な原油を精製するか、石炭油化を頑張るか、あるいはまったく別のエネルギーに移行するかという選択に迫られます。昨年の今頃には日本の炭鉱が復活するかもという記事も見たことがありました。

現在はまた石油の価格が落ち着いてはいますが、軽質スイート原油が枯渇していっていることは紛れもない事実なので、そのうちどうしようもなく原油価格が高騰してくることでしょう。

石油が高騰すると他のエネルギー源が採算ベースにのってくるので、新エネルギー移行のチャンスです。ブラジルではサトウキビ大農園からバイオエネルギーを精製する日系人の経営する会社が急成長しているという報道番組をみたことがあります。石油会社各社が太陽エネルギー開発に乗り出しているなど考えると、その大転換点がすぐそこまで来ているような気がします。

しかし、現在の石油や電気エネルギーとあまりにかけ離れた新エネルギーはまだまだ受け入れ難いことでしょう。

エネルギーサプライチェーンとはエネルギー資源の発掘から精製・輸送・消費・利用までのすべての工程のことをいいます。エジソンの発明が、ガス灯から電気への大転換を実現できたのは単なる電気の発明ではなく、ガス管の先に電球をとりつけられるソケットを開発したからだと言われています。どんな便利なものでも、その大サプライチェーンを根こそぎ変えることにはいくつもの障害と抵抗があるものですが、現在ある施設やツールをほんの少しの代用で切り替えることができれば、エネルギーの転換もより進みやすいとされています。

それを考えるとバイオエタノールはブラジルのガソリンスタンドではガソリン車のエンジンに注入できるということや、太陽電池で電気を作ることは現在のサプライチェーンをそのまま利用できるので移行しやすいでしょう。

逆に今注目されている電気自動車なんかは屋外にコンセントがないと利用しずらく、特に外出先ではまだまだそういった充電施設がないため、なかなか実現は難しいと思われます。それであればガソリンを燃料とするハイブリッド車が今は現実的なのではないでしょうか。

バイオエタノールは資源採取地(農園)が食料栽培地と重なるため単なるエネルギー論とは別の議論となることでしょう。野菜や穀物よりサトウキビが儲かるとなると食料を生産する人もいなくなってしまいます。おそらく世界人口が減らない限り、バイオエタノール生産はいつか成長の頭打ちとなるかもしくは破綻すると思われてなりません。日本でちまちまやってる木材チップからのバイオエタノール化の方が将来的には現実的かもしれません。

太陽をのぞく水力・風力・潮力・地熱などのエネルギーの利用は先進国ではもういっぱいいっぱいのところまで利用されていると言われています。これ以上開発するとクリーンエネルギーどころではなく環境破壊です。

原子力・核融合・マイクロ波・反物質はまだまだ未成熟な未来の夢のエネルギーです。繰り返しますが原子力もしかりです。

私の持論ではガソリンの次は、とりあえずガソリンだと思います。それは軽質が重質にかわったり、油母頁岩からしぼり出されていたり、石油から精製されていたり、見た目も使い方も変わらず、値段がだけが高騰し、実は採掘方法と作り方が変わっていましたということになるのだと思います。

ということで石油の次はやはり石油です。

来年のガソリン価格も早くも心配です。2年後にアナログ地上波が見れなくなるより切実で切羽詰った問題です。

地デジを買うよりハイブリッド車を買うほうが賢い選択かもしれません。しかしハイブリッド車の弱点はバッテリー代が高すぎるという事。このバッテリーの開発ももう2、3年見たほうが良いように思われるところが痛し痒しです。

ガソリン価格がどこまで持つか?

最後の鯨が捕鯨される前に、鯨油の時代が終わったように、地球上に最後の1バレルが存在してても、もう人智の届く範囲にはないのかも知れません。

私の心配は最後の1バレルは既に使い切られているんじゃないかということです。

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2009年3月24日 (火)

R50は「20世紀少年」を読むべき

51vqwbqikgl__sl500_aa240_ 20世紀少年(ビッグコミックス)全22巻+21世紀少年 上・下(浦沢直樹)

現在、映画館で第2章が上映中の「20世紀少年」は、浦沢直樹原作のコミックです。
第1章を映画館で見てはまり込み、第2章公開時には育児のため映画館に見に行けなくなったため、腹いせに全22巻+上下巻の全巻をブックオフオンラインで大人買いして最後まで読破してしまいました。
「20世紀少年」は1970年代に小学生だった少年、もっと具体的に言えば今年50歳を迎える「少年」たちが世界を救うという壮大な物語です。
物語の舞台は1970年代と現在、未来が錯綜して展開しますが、すべての発端は1970年の少年たちが近所の空き地に作った秘密基地の中での出来事から始まります。
私はこの年代より20年ほど時代を下るのですが郊外の片田舎で育ったためこの物語で出てくるような子供の遊びである秘密基地やら肝試しやらを一通り経験しました。そしてその経験は主人公のケンジと同じように記憶の隅に追いやられていたもので、ある種の懐かしさや思い出そうとしても細部までは思い出せない歯がゆさがあります。
だからこの物語は私やそれより若い世代より50歳前後の年輩の方々に是非読んでいただきたい漫画です。おそらくその年代の少年はウッドストックやTレックスなどの洋楽を聞いてるだけで不良と呼ばれたのではないでしょうか?浦沢直樹とほぼ同年代のリリーフランキーによるベストセラー「東京タワー」にもそこらへんの少年時代の時代背景が描かれていました。

とにかくその辺の年代で演歌やグループサウンズなどという生温い音楽より、ビートルズから脈々と受け継がれるロックに魅了され、戦後からの脱却や闘争よりラブ&ピースを叫び、大阪万博やアポロ11号に象徴される人類の発展と未来の新技術に興奮した少年たちのための漫画といっても過言ではありません。
さてその少年たちが今どうしてるかというと、50を目の前に、会社では課長や部長という重い責任をかせられ、または次の取締役員として会社の経営や後進の指導の責任者となりながらも、パソコンやウェブの技術革新に翻弄され、年金や退職金の額に不安を覚えている年代ではないでしょうか?
おそらく仕事やプライベートの時間でも忙しく、映画鑑賞や漫画や読書さえもも長い間していなんじゃないでしょうか?そんな50歳を迎える「少年」たちは是非「20世紀少年」を映画館で見るなり、漫画を読むなりしていただきたいものです。
巷ではアラサー(30歳前後)やアラフォー(40歳前後)またはアラカン(還暦前後)という言葉がありますが、なぜか50歳前後を呼ぶ言葉がない。

しかし、この「20世紀少年」という言葉がこの年代には相応しいのではないかと思います。
「20世紀少年」に登場する20世紀少年たちは本当に力強い。それは物語中の舞台となる1970年、2000年、2015年いずれの時代においてもです。
なぜ「アラ○○」と呼ばれることもないくらいに今の50歳前後は元気がないのでしょうか?本来彼らは「20世紀少年」のように力強い何かを持っていたはずです。「アラ○○」と呼ばれないということは経済活動が極めて弱く存在感がないということです。
秘密基地のなかでライク・ア・ローリング・ストーンを聞きながらアームストロング船長の話題に花を咲かせ、まだ見ぬ未来に無限の可能性を夢みていた少年たち=中間管理職として業務の改善に頭を抱えながら、バブル期の住宅ローンも抱え、子供の学費や仕送りの工面のために自分の趣味や時間を犠牲にしている50歳の少年たち。
浦沢直樹がそんな同年代に向けて強いメッセージを発しているのがこの作品なのだと多少曲がった感想を抱きました。

そんな50歳前後の世代が元気になると、日本の景気ももう少し元気になるかもしれません。

R50の少年よ 大志を抱け!!

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2009年3月15日 (日)

お金は箪笥に預けるな

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「お金は銀行に預けるな 金融リテラシーの基本と実践 -勝間和代著-」

要は多少のリスクを背負ってでも、資産は運用したほうがよいということです。

当たり前といえば当たり前のことで、金融に疎い私にとって何か目からうろこ的なものを望んでこの本を手に取りましたが、それほどお勧めの良本とはいえませんでした。したがってリンクは張ってません。

リーマンショックの前の景気が上向いていた頃にこの本を読みましたが、やはり資産運用は貧乏人には無縁の事だと認識させられただけでした。

この本のタイトルにあるように私には「金融リテラシー」という能力はありません。しかし、タンスに預金はしない方がよいことぐらいはわかります。タンスだと災害や盗難などのリスクがあるわりにリターンはないで、銀行に預けた方がマシだという程度ですが。税務署に睨まれるということは名の知れた資産家だけの話で、一般の庶民はタンスだろうが、預金だろうが税金にそれほど差はありませんので税金対策という考えは毛頭ありません。

その昔、四国の田舎者が(決して四国全体を田舎呼ばわりしているわけではないです(汗)。例え話ということで・・・)、大阪で暮らす息子に300万円の送金をするのに、「銀行が信用ならん」ということで、銀行を使わず鉄道とフェリーを乗り継ぎ息子に直接お金を渡そうとしていたところ、フェリーの2等寝室でうたたねをしている間に枕元に置いていた300万円が盗まれたという、悲劇とも笑い話とも言える事件がありました。

この笑い話のように銀行を信用しないのでお金を預けるな、ということではありません。おそらくお金を預けるにあたってはどんな会社や誰よりも銀行が最も信用をおけるでしょう。だから私は銀行にお金を預けています。

株やFXや先物を買って資産にリスクを背負わせる代わりにリターンを増やそうという考え方が「金融リテラシー」の第一歩です。この本では、日本人は特に資産を運用していない。と吠えています。一方、わたしをはじめ多くの日本人は別にリターンが欲しくて資産をどこかに預けているわけではないと思います。つまり利息が欲しくて銀行を選んだわけではなく、一番安全で信用がおけるから銀行に預けているだけです。そしてこれがいかんということらしいです。

資産があるなら運用しなさい。お金を稼いだら、今度はそのお金に稼いでもらいなさい。

果たしてそれが正解でしょうか?わたしはそうは思いません。

日本人の多くはリスクを嫌い、資産があってもなくてもコツコツお金をためて銀行や郵便貯金(今はゆうちょ銀行ですが)に預けます。これは日本の国民性というやつです。この本でも諸外国、とくにアメリカやヨーロッパの先進国の人々の資産運用と日本人とを比べていますが、なんでもかんでも欧米の真似事や欧米至上主義をいい加減やめたらどうかと思います。まあ、欧米の真似事も日本の国民性ですが・・・。

それを証拠にリーマンショック以降の世界的金融不安では一時的に諸先進国の投資マネーの行き場がなくなり、日本の銀行や日本企業に一時避難してきているというではないですか。それは日本が最もリスクの少ない資産運用をしているがため、日本が一時的にも最も金融の安全な国家と世界が認めたことになります。

つまり、日本の国民性が世界でユニーク化し、それがステータス化しているということです。ここに日本の特徴があり、リスクの少ない資産運用にも存在意義があるということです。

だから、お金を銀行に預けてなんら恥じることはないのです。コツコツとお金を貯めて、セッセと節約をし、銀行口座の預金残高がわずかずつ増えていくことに小さな幸福を覚えるような健全な庶民のくらしを批判する権利は誰にもありません。

資産のある方は別に好きなように運用してもらったらいいですが、庶民は小さな一戸建てを買うローンの返済とわずかながらの生命保険だけで資産キャパはいっぱいいっぱいなのですから。(それができるだけでもまだ恵まれている生活だと思いますがね)

以上、住宅ローンの返済と子供の育児費用の工面で精一杯の一庶民の意見でした。

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2008年7月30日 (水)

道路特定財源はどこへ消えた?

マスコミはまったく報道しませんが、今年度に入ってからというもの、全国の国土交通省では性急・不可避な維持管理業務を除くほぼすべての道路関連業務の発注行為がストップしています。
最近少しずつ動き出しそうな気配がありますが、実際に表立った業務は出ていませんし(水面下では動いているでしょうが)、特に広報関連業務の発注はまったく皆無の状態です。
税金をできるだけ使わないようにしているんだからいいんじゃないか?っていう意見も聞こえてきそうですが、現在の状態はかなり異常としか思えません。
というのも、4~7月まで、まったく予算の執行が行われないということは、税金が適切に利用されておらず、行政サービスがストップしているというなのです。
例えば広報業務の最たるものの例を挙げれば、道路を新設したり、改良したりする事業が新年度に事業化されれば、それに伴うパンフレットのような印刷物がかならず発注されていましたが、それがまったくありません。
またホームページを作成したり、更新したりする業務も年度の初めに発注されるものです。国交省の整備局や事務所によって金額はまちまちですが、昨年度までは年間委託で300万円~1000万円程度の委託料で民間に発注されていたものが、今年度に入ってから発注行為は皆無です。
どうやらこれらの広報物は民間委託せずに、職員の方々がせっせとパワーポイントやらイラストレータなどの使い慣れないソフトを駆使してなんとか必要最低限のものを作っているようです。

国土交通省はそもそも道路畑と河川畑と営繕畑と運輸畑とで系統も予算もちがいます。特に旧建設省と旧運輸省とでは相当トップクラスでない限り人事の行き来もありませんし、同じ国土交通省の看板を背負っていてもまったく別の組織と考えるべきです。
今年度の10月から観光庁の発足に道路特定財源が絡んでいるのではないかという憶測がネット上でも見られますが、おそらくそれはないでしょう。道路特定財源が使われた方がよほど健全で、実のところは旧運輸省畑の外局であり、観光庁はまた別の利権が作られるというだけのことです。

さて、その道路特定財源ですが、国交省が必要だと主張し、福田総理が官僚に押し切られ、利権者を保護するために4月に切れた暫定是率を5月に復活させたあの税金です。
ガソリンが高騰し、食品が高騰し、漁民が休業し、自動車保有台数が史上初めて下降し、トヨタが販売台数を減少させ、NEXCO3社が高速道路収益を減少させ、国民生活を困窮させてまで、復活させた暫定税率によって徴収された道路特定財源は、実は行政サービスとして国民にはまったく還元されていないことを、国民は知らされていません。
復活した道路特定財源はどこへ消えたのでしょうか?
これは長い歴史で繰り返されてきた国民への搾取というお馴染みのカテゴリーではなく、国家による国民への詐欺や背任や横領だと思わざるを得ません。
国交省は、本当は使わない税金を必要だ必要だと騒いで、徴収した後は使わずに懐に収めたわけです。少なくともそのように見えてしまいます。
結局、広報業務に見られるように、公務員がせっせと働けば税金を使う必要がなかったわけです。4~7月に予算を執行しなくても、結局は国民に気づかれないほど、影響がないわけですから、税金を使う必要がまったくなかったというわけです。
つまり、これまでも無駄な税金だったということを国交省自ら証明して見せたということでしょう。

さて、じゃあ国民から搾取し、使われない道路特定財源って今はどこへ行ってしまったのでしょう。
そもそも自動車保有台数が減少し始めているわけですから、もう道路もこれまでほど整備しなくていいくらいは誰でもわかる話です。

おそらくほんの一部の本当の利権者だけに渡ってしまっているのではないかと勘繰ってしまいます。
使い道としては地方交付税交付金として、バラ撒かれた話だけは聞き覚えがありますが、本省に残った税金がどうなったのかは謎です。

国交省の職員にしても本来は民間に委託して、楽して仕事ができていたところ、なんでもかんでも自分達でしなければならなくなったことは、本来はそれが当たり前の姿としても、気の毒なものです。
一方、発注行為がなくなると積算業務が必要なくなるので、国交省内にたくさんいる派遣社員のような「現場技術員」という民間から国交省へのパイプ役に派遣されている方々の「専門的な設計積算業務に携わる」という大義名分も失うわけですから、こちらの数も減らすべきだと思います。
しかし、どうやら人件費には道路特定財源が使われていなかったようなので、これらの人員が減らされたり、国交省職員の給料が減ったような話は聞いたことがありません。
じゃあやっぱりどこへ消えたのか謎です。

つまり使ってないのです。
執行できない税金って、やっぱり要らないんじゃないでしょうか?
本来マスコミもこの辺のことを監視してしかるべき役回りですが、3月4月にあれだけ騒いでおいて、暫定税率が戻ったら後はほったらかしということは、マスコミもグルなんでしょう。
そもそも一般財源化するという話もどうなったのか、うやむやにされています。

誰か道路特定財源のその後を知りませんか?

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2008年6月17日 (火)

尖閣諸島と竹島

先日から尖閣諸島付近での台湾船衝突問題で、台湾の立法院は国防省に戦艦派遣をも打診したという話が出ています。

親日派といわれていた台湾からこれほど反日感情が溢れてくるとは日本人は誰も考えてなかったのではないでしょうか?

そんな折り、こんな記事を見つけました。

外交部「ガス田問題で重要な進展」―近日中に合意か

中国外交部の姜瑜報道官は16日、日中間の懸案になっている東シナ海のガス田開発問題で「日中の協議は重要な進展を得た」と発言した。

-中国情報局-

なにがどうなったのかこの記事ではわかりませんが、どうやら東シナ海の海上ガス田問題はなんらかの合意に達したようです。

これは日本にとって喜ぶべきことなんでしょうか。

そこには

日本は、両国の陸地部分の中間線をEEZの境界線と主張。一方、中国は、完全に陸地である中国大陸と、島が点在するだけの南西諸島の中間を境界線にすることはおかしいなどとして、両国間の海底で最も深く、フィリピンプレートが大陸プレートに沈み込んでいる場所の沖縄トラフが境界線と主張している。中国側主張によると、日本が主張するEEZは大幅に削られることになる。

  中国側の主張は、大陸棚の端まで沿岸国の権利がある「自然延長論」を適用したものだが、日本側は◆1960年代までの過去の国際法に基づく考え◆1982年に採択された国連海洋法条約の関連規定とその後の国際判例にもとづけば、東シナ海のケースに「自然延長論」は適用されない――と反論している。

とありますが、国際法に則った日本側の主張に正当性があるように見えます。そもそも「自然延長論」はあいまいで紛争の種を作るだけです。

現在の科学ではたまたま海底地形を計測することまでが可能になりましたが、大陸棚がどこまであるかわからなかったらどうしてたつもりでしょうか?また逆に将来、太平洋プレートが中国大陸のどのあたりまで沈み込んでいるかまでわかるようになると、例えばプレートが先日地震のあったチベットの地底まで確認された場合、「日本列島が乗る太平洋プレートが沈み込んでいるチベット付近までを日本の領土とする」という「自然延長説」も通るようになります。

というくらい中国の主張は荒唐無稽な主張だということです。「自然」という概念は人間が計測できる技術的な都合でいくらでも変わります。

中国政府は国際法を遵守して、国際法の根拠によって主張してもらいたいものです。

中国側の「自然延長説」を適用すると尖閣諸島は中国の領土となるそうです。

台湾は中国の一部という考えからいくと、台湾政府は中国側の「自然延長説」を支持するのでしょうか?その辺の関連性はよくわかりませんが、今回の日台問題については中国政府は静観している感じです。

一方、韓国との領有権論争のある竹島問題ですが、こちらも落としどころが見つかっていません。

先日、部屋を掃除しているとたまたま、10年ほど前にソウルで買った韓国の地図が出てきたのでボーっと眺めてました。そうすると韓国の地図には、ウルルン島の横に当たり前のようにドク島(独島:竹島の韓国名)が載っていました。しかも灯台の地図記号まで入っています。

おそらく韓国の人々にとってはドク島が韓国領土であることは当たり前の自明の事実でなにも韓国の領土であることをわざわざ主張しなくてもいいと思っていたことでしょう。そんな折り突然、日本が領有権を主張し、国際法を根拠に持ち出してきたから堪らないというところだと思います。

そもそも日本は5年ほど前までは国土地理院でさえ竹島の5万分の1地形図を発行してなかったのですから、日本人の方が自国の領地であることを忘れていたんじゃないかと思えてなりません。

外務省に竹島問題の経緯が書かれていますが、結局よくわかりませんし、韓国の主張ももっともだと思っていまいます。

しかし、自分の領土だと当然思っていた韓国は、史実としては日本と五分としても、法的根拠に乏しい部分、立場的に苦しいところだと思います。

ここで韓国の竹島問題と中国の尖閣諸島問題で共通する両国の態度は、国際法上の根拠を示さず、独自の理屈で理路整然と領有権を主張しているところです。法的根拠で争えば負けることがわかっているから、なんとか別の理論ではぐらかそうというわけです。

おそらくこんなことをしているかぎりは埒があかないと思います。

解決には国連や第三者の介入が必要と思われますが、領土問題は紛争の種であり、国際的には価値の低い領土であるため、どこも介入したがりません。

チベットのように埋蔵資源が豊富な場合はいらぬ世話でもいろんな国が介入してくるのでしょうが、尖閣諸島や竹島はアメリカも食わないというところでしょう。

わたしも日本人ですから、竹島や尖閣諸島や北方領土は早く日本の領土だと堂々と言いたいところですが、国際的ななんらかの価値が出てくるまではこのままかなぁっと思います。

逆に本気でこの問題を動かしたいなら、中国がガス田を掘るように、それ以上のなんらかのドラスティックなアクションが必要なのではないでしょうか?

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2008年6月15日 (日)

地震保険って意味あるの?(2)

前回の続きです

地震保険って意味あるの?(1)

火災保険などを含む損害保険に関する控除は平成18年度で終わり、変わりに平成19年度からは地震保険控除が始まりました。
地震保険控除額は損害保険控除額と同額で最大、所得税から50,000円、住民税から25,000円が控除されます。
ただし、平成18年以前に10年以上の長期補償のある火災保険で、その後保険内容に変更なく継続する場合は損害保険控除と地震保険の加入もあればこれらを合算した上で、上記の上限額まで控除の対象にできます。

さて、一方地震保険の支払われ方ですが、地震保険は火災・家財保険の契約額に応じ、最大、建物5000万円、家財1000万円まで補償させることができます。

とまでは保険屋さんのホームページなどで出ている情報です。

地震保険にはますます入りやすくなってきているということでしょうか。

さて、では入る価値があるのかないのか、その本質を見てみましょう。

建物・家財への保険金は建物・家財の時価評価額に対してかけることができるものです。しかも土地にはかけられず建物だけの値段です。

例えば、木造一戸建ての場合では土地は含まず、建物だけの新築価格に「建築費倍率」というものというものをかけ、その後「経年減価率」をかけ、建物の評価額をだします(建物の簡易評価法参照)。

新築一戸建て3000万円で建物代がその半分の1500万円の場合、新築なので建築費倍率の係数は1.00で経年減価率もないのでそのまま1500万円の評価額。新築当時同じく1500円で築30年なら1280万円くらいなります。

しかし一方マンションの場合、3000万円で新築マンションを購入した場合、区分所有分の土地代を差し引かれ、建物共有部分の額を差し引かれ、専有床部分だけに対する評価額となり、新築で買ったばかりなのに1000万円を切ることもあります。経年減価率をかけると築何十年したマンションでは対した額の保険をかけることができません。

さて以上は火災保険の場合の額ですが、地震保険はこの額を上限とした額のさらに30~50%に相当する範囲の額で保険金額を設定しなければいけないことになっているのです。

つまり単純に考えると3000万円で戸建てを購入しても750万円しか補償されないことになります。マンションの場合では500万円もありません。

さらにさらに支払いの際ですが、地震保険は全損・半損・一部損で保険契約額の100%・50%・5%の支払いが明確に決まっています。その支払いの額には「時価が限度」というただし書きがついていますが、ここでいう時価もおそらく経年減価率がかけられるのだと思います。

建物の全損が認められるのは、建物の時価の50%以上が損壊、もしくは70%以上が流失もしくは焼失した場合だけに認められます。

全損でないかぎり半損や一部損では保険金額がほとんど支払われないことを意味しています。例えば1500万円の評価額の家が築10年後に地震で半損した場合はその額の半分の時価の半分なので320万円前後です。

マンションの場合は全損はほとんど考えられないので最悪半損であっても、築10年後に罹災した場合には200万円も支払われない可能性があります。一部損に至っては20万円前後です。

そんな金額でははっきり言って罹災した生活を立て直すことは不可能ではないでしょうか。

さらに地震保険には但し書きがついていて、大規模地震の想定被害額を5.5兆円と見積もっているため、支払い合計がそれを越える場合にはさらに目減りすることが明記されています。

さてさてそうなってくると、地震保険。果たして入る価値があるのでしょうか?

保険の掛け金からみると、1500万円の家で10年掛けていると例えば昨日地震が起こった宮城県の一戸建てではだいたい17万円くらいの拠出になります。(地震保険の保険料:財務省参照)それくらいの掛け金で300万円程度の補償があるので意味があるのかもしれませんが、火災保険に比べると割は悪いです。

特に耐震や免震・制震建築のしっかりした最近の新築マンションでは建物の直下の断層がずれない限りは倒壊は考えられませんし、専有部分の被害では一部損か酷くても半損になる程度しか考えにくいので、もっと割が悪くなるでしょう。

マンションでは特に共有部分の建物躯体に損傷があるケースが多く考えられるので、マンション管理組合などでマンション全体の地震保険に加入することには意味がありそうです。

とにかくこれ以上の補償がないのが地震保険です。

地震保険は補償を厚くするような「特約」もありませんし、「お得な地震保険」というものもありません。地震という大規模災害に備えるが故に、誰に対しても補償の厚遇やお得な制度は一切なく、平等で公明正大な保険と言えるのです。

その反面、補償も控えめにされる傾向はありますが、わたしはこれらの保険制度全体は目的にかなり適応した優れた保険だと評価しています。

だからその反面、「お得な地震保険」というようなフレーズを謳う保険会社があればその会社は消費者の無知に付け入ってくる会社だと保険会社全体を疑ってかかる必要があります。

地震保険は保険会社にとっては保険契約はとれるが、補償責任がすべて再保険会社に転嫁できるのでおいしい保険なのかもしれません。しかしだからこそ、その保険理念の公明正大さをアピールし、地震に備える本来の防災意識に訴える必要があるのです。

いずれにせよ地震被害を補償できるのは地震保険しかないのですから。

さて、わたしの場合ですが、おそらく新築マンションの購入のときだけは地震保険には加入しないと思います。マンション管理組合で全体の地震保険に加入することは賛成しますが、耐震建築のマンションに個別に地震保険に入るメリットはあまりないように感じるわけです。

わたしは関西に在住ですが、将来大規模震災が予想されている南海・東南海地震の発生確率は向こう30年で50%越えている地域です。しかしこの予想は海溝型の地震の予想で、このタイプの地震では木造家屋の倒壊はあっても鉄筋堅牢建物の倒壊はそれほど考えられません。

怖いのは直下型ですが、これだけはわかりませんが、少なくとも地形学の知識で、活断層だろうが死活断層だろうが、断層上の物件だけは買わないようにしようと思います。あとは第四紀の旧河道や後背湿地にあたる地形は避けたいですね。

とにもかくにも地震に罹災してしまっては地震保険で補償される額では生活を立て直すことができるかは考えにくいところです。最近は「耐震改修促進事業制度」により土地の「揺れやすさマップ」というものも各自治体で公開されています。これらの情報をつかみ、居住する地域の震度を予想するのも一つの判断材料です。

そういった意味で、地震保険に加入するかどうかという判断に合わせて、どのように地震に備えるかは、結局個人の自己責任に委ねられるのだと思います。

「自分の身は自分で守れ」ですね。

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2008年6月12日 (木)

地震保険って意味あるの?(1)

大規模な地震のときには保険会社ごと被害受けてるから、いざというときには地震保険だろうがなんだろうが保険金なんて支払われないんじゃないかっていう疑問がずっとありました。地震保険ってホントに意味あるんでしょうか?

でも地震というテーマは地理バカにとっては大変興味あるテーマですが、保険となるとわたしも含めて地理屋には苦手な分野ではないでしょうか。

そこで地震保険。牛乳が好きで、コーヒーが嫌いな人がコーヒー牛乳を飲んだ時のような感覚でご覧になってください。

地震保険は火災保険に付加して加入する任意保険です。

というのは、火災保険は地震による火災や津波による流失は補償されません。

「地震保険」は、住居に使用される建物および家財を対象とし、地震、噴火またはこれらによる津波によって発生した、火災・損壊・埋没・流失による損害を補償します。
この保険は、「地震保険に関する法律」に基づき、被災者の生活の安定に資することを目的として、その責任の一部を再保険として政府が引き受けている、非常に公共性の強い保険です。

-損保ジャパン-

ということです。

火災保険や普通の保険では地震のような大規模災害では保険会社の補償能力を上回る被害が想定されます。一度に一地域の何万世帯から火災保険の保険請求があったらおそらく保険会社は支払えずに潰れてしまうでしょう。

個人的には保険会社なんて人の不幸や不安に付け入って、利益を得るいけ好かない業種なので潰れても構わないと思っていますが、保険加入者としてはそれで保険金が支払わなければ保険をかけている意味がありませんから、はじめから支払えないことが想定されるような保険には入りたくありません。

地震保険は政府の「地震保険に関する法律」によってその辺の抜かりがないよう巧みな仕組みが施されています。

ちなみに「地震保険に関する法律」は1964年の新潟地震を契機とし、その2年後にはこの法律が制定されたそうです。

まずは民間保険会社は「日本地震再保険株式会社」という会社に再保険されます。再保険とは保険の保険で、保険会社が万が一保険金を支払わなければなくなった場合に保険金が支払われます。ってなんだかややこしいですね。

さらにこの日本地震再保険株式会社は、保険責任を均一化して元受の民間保険会社と政府にそれぞれの保険限度額に応じて再々保険をかけています。つまり、地震で保険会社が万が一保険金を支払わなければなくなった場合に日本地震再保険株式会社が大量の保険金を支払う必要があるので、その場合、政府と民間保険会社が限度額分の保険金を日本地震再保険株式会社に支払うことによって、民間保険会社が被保険者に保険金を支払うことができるという仕組みです・・・細かく考えるとわけがわかんなくなりますね。

とりあえずそんな巧みな仕組みのおかげで関東大震災を想定した5.5兆円という被害額を補償できる準備があるそうです。

ちなみに日本地震再保険株式会社の19年度末の保有資産は9559億円にのぼり昨年度の5.2%増だということです。

もともとが大規模地震に備えるために設立された会社なので、資産が増え続けて当然なのですが、同じ備える目的で存在するはずの社会保険庁よりよほど優秀です。

社会保障も日本地震再保険株式会社に任せてはどうでしょうか?

とまあ余談ですが、どちらも政府主導で設立されたのは同じですが、運営する人事が日本地震再保険株式会社には大手民間保険会社の元重役が取締役になることが常のようで、結構民間の理論で動いているようで、この辺が社保庁とはえらい違いなのでしょう。

しかし地震保険を公務員の食いモノにしなかったということは当時の政府はまだ腐ってなかったのでしょう。関心カンシン。

そんなわけで地震保険はどこの民間会社で加入しても条件や支払額はまったく同じです。決まるのは被保険者がどこのどんな建物に住んでいるのかってことだけです。

ちなみに地震保険は火災保険に付加して加入する保険なので、住居を所有していないと加入できません。賃貸暮らしのわたしには縁のない話です。

それでもそのときになったら加入するかどうかを突如として迫られるのです。とりあえずこういう事を考えとけば保険の前の心の保険ということで備えあれば憂いなしですね。

ちょっと長くなったので続きは次回に繰り越します。

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2008年5月25日 (日)

クリープする日本

「クリープ」という言葉にはさまざまな意味がありますが、地形学用語にもその言葉があります。

英語ではいも虫やミミズのような虫がはい回るときの動詞として使用します。

有名なところでは自動車のクリープ現象で、オートマの自動車がゆっくりと自動的に前に進んでしまう現象のことを言いますね。

その他、忍び寄るとかこそこそ入り込むとか、とにかく虫唾の走るようなかなり気持ち悪い物に使う言葉です。

ちなみにコーヒーには気持ち悪くてクリープを入れられません。イメージの問題ですが、食品になぜあんな名前を付けたのか不思議です。

さらにちなみにUKバンド「レディオヘッド」の鮮烈なデビュー曲がこの「Creep」という曲で、自分を虫けらのごとく自己破壊に徹したテーマが結構好きです。

話を元に戻しますが、地形学ではマス・ムーブメント現象のひとつにこのような言葉があり、地表全体がゆっくりと斜面下方に動いていく現象のことを言います。学生の時はソリフラクションと同義と思っていましたが、ウィキペディアを見る限りでは若干意味に違いがあるようです。

すべての陸上の地表面は重力によって常に下方に引きずられています。土壌も岩石も動くスピードは違えども年間数ミリから数センチ、場所によっては数メートル移動しています。

これは水分の凍結融解の繰り返しや、岩石分子の水分飽和と乾燥の繰り返しなどが原因で起こります。

岩石や土壌中の水分が凍結したり、湿気を含んだりすると、分子レベルで体積が膨れます。このとき斜面に対して垂直方向、つまり斜面から離れる方向に分子の中心点が移動します。反対に溶解したり、乾燥したりすると、今度は斜面の角度とは関係なく、鉛直下向きに移動します。このとき元の位置からは分子レベルで非常にわずかですが、斜面の下方に分子の中心点が移動したことになります。これの気の遠くなるような繰り返しによって、地表面全体が斜面下方に移動するのです。

しかし、だからと言って土壌や岩が高い山からなくなることはありません。いや正確には徐々になくなっていってますが、これには堆積ということもありますが、地殻変動による隆起や気象変動による土砂の堆積など劇的に土や岩石が供給されることがごくたまにあり、このごくたまにある劇的な変動が普段の緩慢なクリープより上回るか均衡するからです。

な~んとなく、日本はクリープしているように思われます。全体がゆっくりと下がってきているような?政治、経済、教育、安全。安全については先日、英国の経済誌「エコノミスト」に日本の平和度は世界第5位という順位が出てました。日本は2年連続5位ですが、約140カ国中の5位なのでかなり好成績だと思います。

クリープせずになんとかこの順位を保っていきたいですが、のらりくらり日本の政治が日本全体のクリープを起こさせているような気がしてなりません。

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2008年5月13日 (火)

チベット問題の根源

先の小ブログ

超先進国家?通貨の流通しない国アイスランド

で「ビョークも好きでしたが、昨今のチベット発言でそうでもなくなってしまいました」と書いたことが後々気になって改めて記事にしてみました。

私は特にビョークがチベット独立を促すような発言をしたから好きではなくなったというわけではなく、逆にビョークが中国側を弁護しても好きではなくなったと思います。

つまり私は中国側でもチベット側でもなく、一連のこのチベット騒動に違和感を持っているからそう思うだけです。

というのも当の中国人やチベット民族を差し置いた部外者による論争があまりにも加熱しすぎではないかと思います。

確かに報道にあるように中国のやり方はとても人道的とは言えず、平和や人権の観点から批判にさらされてしかるべきだと思います。それでも日本のマスコミは福田首相の行動もあってか、どっちつかずで良く言えば冷静なような気がします。(単に政府の意向を反映しているという情けない理由だけかもしれませんが)海外のメディアではもっと中国批判は酷く、人道的な観点から強く弾糾されています。

この騒動の中で、真っ先にポーランドでは首相が北京五輪の開会式辞退の表明を出すなど、ヨーロッパ諸国での批判ぶりは相当なものです。

どうやら世界の構図は中国を悪者にしてチベット独立を促しているようにしか見えません。もしくは中国潰しが目的か?

どちらにせよこの世論を煽るマスコミの動きかたは、温室効果ガスを異様なまでに悪者にした行動と同じように見えます。

ここからは私の地図屋としての視点であり、完全なる憶測であることをまず断っておきます。

チベット自治区のあるチベット高原は地質的には世界で最も古い地層が地表に現れている地域のひとつです。地理学では「新期造山帯」に分類されますが、それは新しい時代に動いたというだけで、実態は数十億年前の海底の地層が露出してきています。

このような地域では豊かな鉱山資源が取れることが予想されます。ただし、あまりに古いので石油や石炭などの生物由来の化石燃料はほとんど取れません。これら化石燃料はチベット高原辺縁のゴビ砂漠・タクラマカン砂漠で採掘されています。

チベットで取れるのは、希金属つまりレアメタルの類だと思われます。レアメタルとは文字通り世界でも産出量が希少な金属のことで主に、金・白金・水銀・バリウム・コバルト・クロム・モリブデン・チタン・タリウム・ニオブ・タングステン・インジウム・ビスマスなど、とにかくあんまり耳にしないような金属のことです。逆によく聞くものでも金や白金が希少な金属だってことはなんとなくわかりますよね。

近年、これらのレアメタルの需要が異様に上がってきていることが事実です。これらはパソコンや携帯電話などIT機器の部品になったり、原子力発電所や航空機の材料に使われたりしてるのです。

今後、特にエネルギー問題が原子力や新エネルギーにうまいこと移行していくにしたがって、これらレアメタルの需要がさらに高まってくることが予想されます。

つまり、石油高騰の次に来るのは、レアメタルの高騰です。というか既にかなり高騰してきていることも事実です。

あまり知られていませんが中国はこれらのレアメタルの生産をここ10年ほどで飛躍的に伸ばしています。このままではレアメタル市場は中国が覇権を握る可能性もあります。

または中国は国内での産業の需要が伸び、海外へのレアメタル流出を抑えているようでもあります。

ヨーロッパ諸国はこれまで植民地政策の名残によってアフリカや南米のレアメタルを安定的に供給してこれました。しかし、中国で産するレアメタル、特にチベット高原に産するレアメタルの量は詳しくはわかっていません。おそらく地質的に潜在的に産する可能性が高いと素人の私でも思うくらいですから、ヨーロッパ列強はその事実を把握しているに違いありません。

願わくばチベットを中国から分離させたいと思う連中がいてもおかしくありません。

国際取引に長けたヨーロッパ諸国が、エネルギーの次にくる覇権争いを水面化で行っていると考えるのは、果たして勘繰りすぎでしょうか?

中国がチベットを放したくないのは誰から見てもなんとなくわかる話です。しかし、ヨーロッパ諸国があれほど過激にチベットを擁護する理由はないのではないでしょうか?ましてやチベット問題は戦後ずっと燻って来た問題です。どうして今、世界がこれほど騒ぐのでしょうか?

このように考えると中国を取り巻く批判の根源はこのような世界の不穏な動きを反映していると考えられます。

今の時点でチベットに恩を売り、チベットが独立もしくはこれまで以上に強力な自治権を獲得すれば、それまでチベット派であった国はチベットと有利に取引できます。もしくはチベットの資源開発援助なんかができれば願ったりかなったりでしょう。

だから私はビョークのように安易にチベット擁護発言することに違和感を覚えます。別にビョーク一人を責めているわけでないですが、公平なアーティストの立場から少し軽率だったのではないかと思います。これはマスコミ報道に煽られて聖火リレーを妨害する人々を見ても思います。もし本当に「フリーチベット!」と願うなら、ダライ・ラマのような寛容な態度のように、冷静に物事を運ばなくては、ヨーロッパ資本や資源メジャーの思う壷にハマりかねません。

チベット・中国どちらを擁護するのも思想の自由ですので、そのことについては私は意見しませんが、世界に不穏な動きがあるかぎり、知らず知らずのうちに特定の利権者やそれに迎合するマスコミの拡声器となる可能性があり、最終的にその発言をした自分や擁護していたはずの人々が搾取に合う危険性があることをユメユメ肝に命じて行動をとって欲しいと願ってやみません。

それにしても日本は中国側にすり寄るつもりなのでしょうか?はたまた日本の政治家や官僚は気候変動枠組条約のときのように、そんなことも考えずにまた世界の後手ゴテに回るのでしょうか?

いやいやこのようなことは私の勘繰り過ぎかも知れませんが、マスコミが信用できない以上、真実はまだ闇の中です。

ちなみに私の身上を明らかにしておく必要がありますが、私は一切の先物や株などに一銭の私財も投入していない極めてニュートラルな立場での「視点」であることを断っておきます。

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2008年5月 9日 (金)

超先進国家?通貨の流通しない国アイスランド

アイスランド共和国。
面積にして北海道よりちょっと大きいくらい、人口はわずか31万人程度というから東京では八王子市くらいの人口規模の独立国家。
ヨーロッパの西のはずれの離れ孤島。イギリスよりも西で、ノルウェーよりも北に位置する北大西洋にポツンと浮かぶ島国です。
国土の10%以上を氷河が覆い、「氷床」と呼ばれる内陸氷河は南極・グリーランド・アイスランドのこの3箇所でしか見ることはできません。まさに氷で覆われた島アイスランドなのです。
しかし、一方火山活動がさかんで世界最大の露天温泉もある、温泉大国。世界最大の暖流、北大西洋海流のおかげで冬の最低気温もマイナス3度程度だということです。
詳しくはウィキペディア外務省HPで。

地勢的にはプレートテクトニクス理論で知られる大陸を造るもとになるマントルが地殻にせり出してくる「海嶺」が地表に見られる(地表では「地溝」または「ギャオ」という)非常に珍しい地形をなしています。
そんな盛んな火山活動のおかげで生活に必要なエネルギーの70%以上を地熱か水力で賄っている世界最高水準のクリーンエネルギーな国なのです。
今では水素燃料電池を搭載したバスが首都レイキャビクで走っているとか。
アイスランドも日本と同様、化石燃料はほぼすべて輸入に頼っており、自動車などの普及で化石燃料の需要が上がりっぱなしという一方、その分クリーンエネルギーへの取組み方も並みではない。
ちなみにアイスランドの景気は非常に良く、銀行金利も先進国最高の15.5%に達しています。

GDPも右肩上がり、国民の平均収入もヨーロッパ第一位とか。軍隊ももっていない平和国家で、国内の治安も良い。それでもって国家財政も黒字続きという、まさしく超優良先進国家なのです。

それから、この国の凄いところが現金普及率(この言い方が正しいかは不明?)が世界最低なのです。
世界最低って?現金が流通してない国ってよっぽど経済が発展してないようですが、ところがどっこい超優良先進国家アイスランドでは現金がほとんど流通していないんです
アイスランドの通貨はアイスランド・クローネ。ちゃんと通貨はあるし、コインや紙幣も発行されています。
でもそれが流通してないってことは、お金はほとんど電子マネーかクレジットカード。普段は現金を持ち歩かないのがアイスランドっ子。でも子どもはカードが作れないのでお駄賃くらいのコインは持っているようです。
国内で流通するお金の80%以上が電子化されているようで、国家的には一日の経済状況がもの凄く把握しやすいという利点があるそうです。
ちなみに世界で最初に民主的議会アルシングをおこなったアイスランドですが、現在の議会は一院制だそうです。政策決定にもスピード感がありそうですね。

有名人では、ビョークとかシガーロスとか音楽関係で世界に知られています。

特に私はシガーロスが大好きです。ビョークも好きでしたが、昨今のチベット発言でそうでもなくなってしまいました。
アイスランドの曲は重厚感の中に癒しを感じる、力強さと優しさが混在する音楽でとても気に入ってます。
シガーロスのメンバー、ゲオルグはかつてのコメントの中で、アイスランドはどこの隣国からもすごく離れていることもあって、なんでも自分たちでやっていかなきゃいけないという意識が根底にあるそうです。なるほど、アイスランドの力強さと先進国きっての好景気ぶりの根幹にはそのあたりのアイスランド独特の地勢とそこに棲む民族の気質が関係しているのかも知れません。

とにもかくにも日本としてはいろいろ見習うべきところが多いアイスランドですね。

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2008年5月 2日 (金)

奈良県どうなってるの?「せんとくん」に思う

2010年は奈良の都が、藤原京から平城京に遷都されて1300年にあたる年です。

奈良県では「平城遷都1300年祭」を開催すべく、昨年あたりからいろいろなイベントやプロフィール活動をすすめているようです。

そこで問題になっているのがこの平城遷都1300年祭のマスコットキャラクター「せんとくん」

「かわいくない」だの「気持ち悪い」だの「仏様を想起させるので不謹慎」だの、確かに違和感のぬぐえないキャラクターです。

まあ、デザインなんて人それぞれにとらえ方があって当然と言えば当然なんですが、私も個人的には正直ひどいデザインだと思います。

つい昨年のことですが、滋賀県彦根市では彦根城築城400年祭というものを開催していました。ここで使われたキャラクター「ひこにゃん」がかわいいゆるキャラで地方公共団体が主催したキャラでは異例の大人気になり、関連グッズも良く売れたということです。

おそらく奈良県にもそんな思惑があったのでしょうが、このデザインではどうしようもないような気がします。ただ話題作りに関してだけなら、ひこにゃんを既に抜いているかもしれません。

これを生み出した人は東京芸大教授の藪内佐斗司先生というお方だそうですが、この方についての予備知識がないので、とりあえずおいといて、問題はこのキャラクターが決定した過程に問題が大ありだと思います。

まず一般公募しなかったこと。平城遷都1300年記念事業協会事務局という奈良県庁内にある組織がすべてを決めたと言っても過言ではない決め方で、一般的に知れ渡ったのが、このキャラクターができて「愛称募集」という段になってからのことです。

実際には大手広告代理店3社を経由し、12名のデザイナー、21作品の提出があり、学識経験者10人が選考にあたったそうですが、これらの課程が明らかになったのも事後報告ですし、奈良県民にとっては密室会議で多額の税金を投入してこんなものを作られたのだからたまったものではないという印象はぬぐえないと思います。

初めから一般公募すればもっと安く、いいキャラクターができたような気がしますが、これは結果論なのでやめときましょう。

とにかく、私の個人的な見解ではひこにゃんの時にもあったように、キャラクターの著作権問題をおそれて、出所の明らかな人による出所の正しいキャラクターである必要があったのではないかなと詮索せざるを得ません。

つまり事後の心配事と主催者の責任逃れが、端からあった産物が「せんとくん」だったのではないでしょうか。

それから「せんとくん」という愛称も公募の中から337件もあった最多数の名前に決定したことも責任を希薄にしたがる性質が動機になっているような気がします。

仏様ではないのに聖人を意味する「セント」であり、国際的にも言いやすいことがとってつけたような選定理由になっているようですが、はっきり言ってもうボロボロの状態というかヤケクソだと思います。

実は私も愛称募集で応募した一人です。

その応募用紙にはいろいろ文句も書きましたが最後に「万が一、この名称が採用されてもキャラクターの再考が行われない場合は、採用を辞退いたします」と付け足しました。

それくらい私は「せんとくん」がこれ以上(世界に?)世に出ないで欲しいと願ってやみません。

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2008年5月 1日 (木)

暫定税率と暫定2車線

いよいよ暫定税率が再引上げとなりました。

もう何が暫定なのかよくわかりません。

道路特定財源にされるのか、一般財源化されるのかはまだわかりませんが、同じ日に「買収4車線も建設は2車線、高速道の2000kmで」という記事を見つけました。

高速道路は「国土開発幹線自動車道建設法」いわゆる国幹法というやつで建設の可否が定められています。

この法律に則って建設される路線がいわゆる高規格幹線道路というやつの一部で、高規格幹線道路は、どうしてか、どうしても1万4千キロ作らないといけないことになってます。

そんなこんなでいけいけどんどん作ってしまった結果、道路需要の見込みの甘さ(というより確信犯なんでしょうが・・・)で、4車線分の用地を買収したのに、通行量が伸びず4車線化の目処が立たない路線が、なんと2000km以上もあるそうです。

高速道路の用地なんてほとんどが山林なので、今更道路を造らないからといって売却するわけにもいかず、いったいどうする気なんでしょう。国鉄整理事業のときの教訓はなんにも生かされていないというか、国鉄はまだ町の中の土地だったからマシな方で、高速道路の山林の用地はなんとも利用のしようがないように思います。

ところで地図屋の仕事では道路マップを作る機会は少なからずあります。

とくに高速道路の表記では「暫定2車線」という表示方法をよく使います。この「暫定2車線」とは現状は対面の片側1車線通行でも、いつかは上下で4車線の路線になりますということで、政令上は4車線で事業がスタートしたものをいいます。

というか私の知るかぎりでは現在の高速道路はすべて完成型は4車線以上であり、現況2車線の高速道路はすべて暫定2車線であるはずです。

いつ解除されるとも見込みのない「暫定」がここにも使われています。「暫定」の「暫」は「しばらく」と読みますが、どうやら国のお役人は「暫定」とは「いつまでも」とか「半永久」というときに使う言葉だと思っているようです。

はたして今度の、半永久的に続きそうな暫定税率によって暫定2車線が新たに解除されることになるのでしょうか。はたまた暫定2車線は民営化した高速道路会社に責任を押しつけられたまま「半永久2車線」となってしまうのでしょうか。

どちらにしても国民は「暫定」という言葉にだまされたことになりますね。

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2008年4月30日 (水)

資源枯渇ネタ その2

昨日のブログで石油資源の枯渇ネタを取りあげましたがそのついで。
実際にとある資源が枯渇して大変なことになっている国があります。
その国は「ナウル」という独立国家。
ここのブログにたどりつくほどの地理・地図好きな方なら聞いたことくらいはあると思います。
ナウル共和国。
詳しくはウィキペディアや外務省HPをご参照ください。
南太平洋のど真ん中。絶海に浮かぶ孤島です。
なんでも世界でバチカン・モナコに次いで3番目に小さな国家だそうです。
それでも国連には加盟しているし、オリンピックにも出ているちゃんとした独立国家なんです。
主な産業は外務省によれば「燐鉱石の採掘」しかありません。
そう、ナウルではこの唯一の産業、燐鉱石が枯渇したのです。

ここでナウルの地誌についてもう少し詳しく触れておきます。
そんな国家を形成する周囲3キロメートルほどの島は典型的な隆起珊瑚礁地形です。
ダーウィンの珊瑚礁沈降説でいうと据礁という段階。段階というのは正確な言い方ではなく、今はプラットフォームという理論で説明されることが主流のようですが、とにかく据礁という区分の地形です。
行ったことはないですが、島の中心部から外側にむかって、比較的平坦な島の中央部から周辺にかけては鍾乳洞やカレンフェルトが点在し、ウバーレという水たまりや池の見られる台地上の地形から、ゆるやかに縁辺にむかって標高を上げ、海岸近くで絶壁に近いかたちで海に向かってストンと落ち、ところどころに真っ白なビーチがその絶壁から広がって、さらに外洋に向かってずーっと遠浅な海が続くかと思うと、またストンと深海に落ち込むという地形をしています(と思います)
さらにこの島には人間様の棲むずっと前から何万年もかけてアホウドリの一種の海鳥が棲んでおり、島全体がその糞で真っ白になるくらい、糞を大量に堆積してきました。そうこれがリン鉱石と呼ばれる鉱産資源です。
日本では沖大東島がちょうど同じような地形の成り立ちをしており、ここでも良質のリン鉱石を産出します。(産出しますが、今は誰も掘ってません)
燐鉱はそもそも世界的にも産出量が多いほうでなく、その上、肥料・火薬・薬品の原料になることから高価に取引される代物です。その中でもナウルの燐は非常に良質だとされていました。
歴史的にはイギリスやら日本やらに占領されたともあったとか。でも独立後は燐鉱を輸出するだけして、他にろくな産業も生まず、というか税金もなく国民は働きもしないという地上の楽園を形成していたようです。
ここまで書くともうおわかりと思いますが、そんな豊かな鉱産資源に依存しきっていた超裕福国家ナウルから燐鉱が枯渇したからもう大変!
私が学校で地理を勉強していた頃には、まだ枯渇はしてなかったのか、将来の資源枯渇に備えてオーストラリアのメルボルンに超高層ビルを建て、テナント収入で国家財政をまかなっていこうなんていうとんでもない構想の記事を見て「なんじゃこの国は?」と思ったことを覚えています。
しかし、今は燐鉱が枯渇、しかも超高層ビルも大失敗でテナントはほとんど入らず、今ではどこかの国に借金の肩代わりに差し押さえられてるとか?
挙句に収入源を断たれた国家はなんと、国籍を売って金儲けをはじめたらしい。

(ここからは「適宜更新」さんの(アホウドリの糞でできた国)を参照しました)

今はどうか知りませんが(多分やってない)、ナウル国籍という国籍が生まれも住所も関係なく、金で買えたのです。
そんなこんなでナウルには一挙に世界の悪党が集まり、銀行も税金かからないから、出所のあやしい裏世界の金がじゃんじゃん集まったようです。
でもアメリカの9.11事件以来、テロの巣窟として世界から随分非難をあびたナウルのそんなおかしな制度やおかしな銀行やらはさすがにやってられなくなり、現在の基幹産業は世界の難民受け入れだそうです。
これが産業になるのもおかしな話ですが、難民を受入れる代わりにオーストラリアから資金援助を受けているそうです。
つまりは他国の難民を受け入れ、他国からの援助金だけでその場を凌いでいる状態で、国家としてはほとんど原型をとどめておらず、破綻状態を越えて破滅状態と言ってもおかしくない状態まできています。
いったい現在はナウル国籍をもつ国民はどうしているのでしょうか?
不思議でなりません。

でもこの国家破綻の話、日本も他人事ではないような気がしますが・・・。

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2008年4月29日 (火)

ガソリン高騰の原因は資源枯渇?いやいや

早いところで5月1日から暫定税率が引き上げられ、その後ガソリンはリッターあたり30円以上も値上がりするのではないかとも言われています。
ちまたでは先物か際物か取引する人達がどんどん闘志を燃やして投資しているということらしいですが、個人的に経済には弱いので「ガソリン」という資源論から見てみたいと思います。
ガソリンは言わずもがな原油から精製されるわけですが、原油は化石燃料といわれるように数億年~数百万年前に地球上に確かに存在した生物の遺骸が堆積し、炭化し、液体となったものです。
どういう条件が揃えば石油になるのかはわかりませんが、とにかく地球内部の高温・高圧下でなが~い年月をかけて生成されたものに違いないでしょう(違うという説もあるようですが…ま、おいといて)

記憶では、私の生まれた1970年代には石油可採年数が30年かそこらと言われていましたが、それからとっくに30年経ってますが石油が枯渇したとかしそうだとかいう話は聞いたことがありません。
つまり石油はまだまだあります。そもそも可採年数というのは経済的というか、マーケットとして石油の採掘が採算に合うかどうかで計算されているため、石油の実際の残量とは関係がないのですから。いかに石油が経済と強い結びつきがあるかが見て取れますね。
結局のところ石油は、巨大な利権が絡んでいる人達や国々によってできるだけ持続可能な価格と採掘方法で残りの資源を大事に切り売りされていっているという感じでしょうか。(勝手な推測です)
つまり石油が枯渇するか否かの議論はナンセンスで、石油に依存しない、あるいは石油を極力使わないエネルギー論に、特に日本のような石油が採れない国(実際ちょっとだけとれますが)の住民として考えていかなければいけないようです。
ちょっと話それますが、南極大陸には中東を凌ぐ埋蔵量の石油が存在すると言われています。
しかし、南極を掘るにはかなり高度な採掘技術と膨大な資金がかかると言われており、確か2000年で一旦期限切れになった南極条約で(現在は有効)「鉱物を勝手に掘っちゃいかん!」と決められていたはずです。
南極は人類最後の石油資源庫となる可能性がありますね。
他にも我々の知らないところで原油埋蔵量を隠しもっている企業や国がある?でしょうね。
統計データはあくまでその国が自己申告で発表するものから作られるのですから。

さて、ようやく話をガソリンに戻しますが、以上のようなことからガソリンの価格の高騰は石油資源の残量とは無関係であると私は考えています。
おそらくバブルと同じで原油価格もあんまり上がると弾けて急落すると考えています。それがいつでどんなレベルかはわかりませんが。
石油はまだまだ枯渇しません。
ただし、庶民の買える値段でいつまであるかはわかりませんが・・・。

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