地図屋の原点(4)
いつのまにかブログを書き始めて1ヶ月が経ちました。
「地図屋の視点」ということで、文学・映画に留まらず政治や経済、環境問題などあらゆる分野を無謀にも論評してきたわけですが、やはりあまり世間の反応を得るにはなかなか厳しいようです。
当初はブログを毎日更新するつもりでしたが、2週間くらいで息絶え、現在は途切れ途切れながらなんとか現在進行形でブログ更新中です。
もしご興味をもってこのブログの訪問をリピートしていただいている読者の方がいましたら、何かコメントでも残していただければ今後も続けていく励みになります。
ブログを始めようとしたきっかけは フラット革命(佐々木 俊尚)を読んだことによります。その前にも梅田望夫著のウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)
やウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)
を読んだときにも多少は思いましたが、文系人間であるわたしの感性に響いたのがこの「フラット革命」でした。
そこには無名の人物が言論だけで世界に言葉を発信していけることの素晴らしさとその後の可能性について語られており、とにかく言論だけでも発していくことの勇気を与えられました。
そこでパソコンの操作能力はさておいて、キーボードを叩くくらいであればできる私が、言論だけでも発信してみようと思えたのです。わたしのブログにはこれまで写真や動画を掲載したことはありません。いつかは掲載したいとは思っていますが、とりあえずは文章を書くことができるわけです。
世の中には非常に価値のある情報を発するブログや、写真画質にこだわったもの、毎日旬の話題を発信するものなど、優れた面白いブログがたくさんあります。しかしそれのどれを取っても、その人の視点で見たものを、その人の文章や写真で表現して発信しているのです。
それならわたしでもできるのではないかと思いました。
わたしは職業として「地図屋」をやっています。そのわたしの視点=「地図屋の視点」としました。
わたしはこれまでの人生の大半を地理バカとして過ごしてきました。地理学を専攻すると将来何になれるのか、はたして地理学は役に立つ学問なのか、そんな疑問には何度もぶち当たりました。
でも少なくともわたしは地理をなんとか職業に結びつけています。
だったら地理学を学習し続けてきた人間がどういう人間になって、世の中に対してどのような視点をもつのかを示してやろうじゃないか、とちょっと大きく出てみることにしたわけです。
地理学は、他者の事例と自ら体験とをもって、ある事象を深く洞察しようとする方法論を持ちます。この方法論は世の中で充分役に立ちます。
わたしが世間一般的な環境問題に疑問を持つことができたのも、自然地理学を学習してきたおかげだと思っています。人間活動より太陽活動の方がはるかにエネルギーが大きいというあたりまえの事実を体験をもって理解しています。木の苗を植えたからと言って大気中の二酸化炭素が固定されるわけではないことを想像できます。温暖化は人間がいなくても起こることを知っています。
これが転じて、メタボやタスポやカーボンオフセットやチベットや携帯電話規制に利権が絡んでいることも想像ができます。新聞やテレビが何者かに操作されているなぁと感じることができます。最近はインターネットニュースも怪しくなってきています。
このような視点が育まれたのも地理学という基礎があったおかげだとわたしは思っています。
これからも独自の視点で世の中を見ていきたいと思います。

